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(2)
町祭りを終えて帰ってくると、上機嫌な母に呼び止められた。
母は二枚の布を手に持ち、どちらが好きかを聞いてきた。
いきなり何の話かと問いただすと、エバンズ男爵令嬢にドレスを贈るつもりだと教えてくれた。
母が持ってきた布は、深い緑色と深い青色の布だ。母曰く、こういった色味がエバンズ男爵令嬢には似合うのだそうだ。
この色味は少し意外かもしれない。エバンズ男爵令嬢は、あのときのパーティーで華やかな色のドレスを着用していたし、その後も明るめの色のドレスを着ていたから。
「この二枚なら、こっちだろうか」
俺は深い青色の布を指差した。
ドレスのことはよく分からないが、この二色ならなんとなくこちらの色のドレスをエバンズ男爵令嬢に着てほしいと思ったのだ。
「やっぱり!? そうよね、こっちの色の方がローガンの瞳の色に似てるものね!」
別にそういう理由で選んだわけではないのだが……いや、そういう理由か?
俺は無意識化でエバンズ男爵令嬢に自分の瞳の色のドレスを着てほしいと願っていたのかもしれない。
まだ恋人でもないというのに、我ながら独占欲が強くて笑ってしまう。
「ドレスが完成したらメイジーさんに贈るから、パーティーに誘いなさいな。ドレスと一緒にパーティーへの誘いが届いたら、断る令嬢なんていないんだから!」
そうは言われても、俺はパーティーが苦手だ。
人脈を広げないといけないことは分かるものの、気疲れをしてしまうからだ。
それに俺みたいな暗い人間がパーティーに行ったら、他の参加者たちも気を遣って嫌な気分になるはずだ。
町祭りと同じ。俺はみんなの楽しい気分を壊してしまう。
「ローガン、カーリーさんと婚約破棄されて以来、パーティーには出てないでしょう?」
そうだった。パーティーには苦い思い出もある。頑張って出席したパーティーで、罠にハメられて婚約破棄をされたのだ。
やはりパーティーはろくなものではない。
「きっとこの色のドレスを着たメイジーさんは綺麗よ。私も見てみたいわ」
それは、ちょっと俺も見たいかもしれない。ちょっと……かなり。ものすごく。
エバンズ男爵令嬢のドレス姿を見るためなら、パーティーへ足を運ぶのもやぶさかではない……って、俺はどれだけ彼女に惚れているのだ!?
自分の感情に気付いてからというもの、彼女に対する気持ちが抑えきれなくなっている。
「……ドレスが出来上がったら教えてくれ。手紙と一緒に彼女の屋敷に贈るから」
「あら、いつになくやる気ね。やっぱりローガンもメイジーさんのドレス姿が見たいのね?」
うん、見たい。絶対絶対見たい。
「アクセサリーも選ばないとね。この色のドレスなら、銀を基調にしたものが合うと思うのだけど、宝石は何が良いかしら」
「紫の石はどうだろう」
「まあまあまあ! ローガンからを提案してくれるなんて! これは近いうちに……うふふふ」
「落ち着いてくれ。お願いだから先走ったことはしないでくれ……いや、もうしているが。これ以上はやめてくれ」
「以前令嬢の家族に根回しをしたら『勢いよく外堀を埋められ過ぎている。裏がありそうで怖い』ってお断りされたことを気にしてるの? 確かにあれは私も反省したわ。何事も急いては事を仕損じるわね」
反省したと言う割に、今回もだいぶ急いている気がするのだが。
「だからメイジーさんのお家には、求婚状とご両親への挨拶状は送らなかったわ」
「以前はそんなものを送っていたのか!?」
「だってローガンが自分で送らないんだもの。仕方がないじゃない」
仕方がなくはない。社交下手な俺でも、さすがにその行動が一般的ではないことくらい分かる。
これまで数多の令嬢に婚約お断りをされてきたが、もしかするとその一端は母にあったのではなかろうか。
自分が嫌われていることの責任転嫁などみっともないが、そう思わずにはいられない。
「急いては事を仕損じる……仕損じたくはないな」
執務室にこもると、手首に巻いた紐飾りを解いてデスクの上に置いた。
どこからどう見ても安物だが、これは祭りの思い出であり、エバンズ男爵令嬢とお揃いの品だ。
そう思うと、ただの紐飾りがとても価値のあるものに思えてきた。
「笑ったのは、いつ以来だろうか」
脇腹をくすぐられた、くすぐったさだけではない。
あのときの俺は、楽しいと感じて笑っていた。
父に仕事をまかされてからというもの、俺は眉間にしわを作ることが多くなってしまった。そしていつの間にか難しい顔をしているつもりがなくても、眉間に刻まれたしわは、伸びることがなくなっていた。
そのしわが、あの瞬間には消えていたような気がする。
「早く彼女に会いたい」
今さっき別れたばかりだというのに、もうエバンズ男爵令嬢に会いたくなっている。
前までの、素晴らしい歌を聴きたいという気持ちからではない。歌わなくてもいい。
俺は、エバンズ男爵令嬢に、会いたいのだ。




