●18
「輪投げは子どもの遊びではないのか?」
「祭りでは大人もやるんです!」
俺たちが輪投げの出店に近付くと、エバンズ男爵令嬢はすぐに店員に話しかけた。
「お兄さん、輪投げ二回分!」
「まいどありー」
渡された輪は、一人三本。
一番遠い位置に置かれた棒にすべての輪を通したら、景品のぬいぐるみが貰えるらしい。
「えいっ、やあっ、とおっ」
まずエバンズ男爵令嬢が輪を投げたが、輪は棒に通るどころか、一番遠い棒まで届くことすらなかった。
「なかなか難しいですね。次、どうぞ」
俺も輪を一番遠い棒目掛けて投げてみる。するとエバンズ男爵令嬢と同じく、輪は一本も棒に通らなかった。
それどころか、俺の飛ばした輪はあらぬ方向へと飛んで行った。
「あははっ! こういうときって、実は輪投げが上手いみたいな流れじゃないんですか!?」
俺の輪投げの下手さを見たエバンズ男爵令嬢が、腹を抱えて笑い出した。
「笑うな。初めてやったのだから、下手で当然だろう」
「だとしても、まさかこんなに下手だとは。あはははは! 笑いをこらえるのは無理です!」
「笑うなと言っているのに」
一本も棒に輪を通すことの出来なかった俺たちに、男性店員が紐のようなものを差し出してきた。
「はーい、二人とも残念賞の紐飾りだね」
「…………」
渡された物が何なのか分からず、とりあえずポケットにしまおうとすると、エバンズ男爵令嬢が俺の手を押さえた。
「せっかくもらったのですから、付けてください。今すぐに」
「これを、俺が?」
付けるとはどういうことだろう。この紐は一体何だ?
俺が紐とにらめっこをしていると、エバンズ男爵令嬢が自身の腕を顔の前に掲げた。
「その場で付けるのも祭りの醍醐味です。ほら、あたしとお揃いですよ」
エバンズ男爵令嬢の手首には、貰ったばかりの紐飾りが巻かれていた。
なるほど。この紐はあのように使用するのか。
俺もエバンズ男爵令嬢の真似をして紐飾りを手首に巻く。
それだけで、なんだか祭りに溶け込んでいる気がして、少し嬉しい気持ちになった。
「それにしても。クライン子爵のこれは、やっぱり無駄な筋肉じゃないですか! もっと輪投げ筋を鍛えた方が良いんじゃないですかー?」
紐飾りにほくほくとしていると、エバンズ男爵令嬢が変なことを言いながら脇腹を小突いてきた。
「輪投げ筋なんてものはない」
「知らないんですかー? 輪投げ筋って言うのは、この辺の、いやこっちだったかな? それともこっちかな!?」
そんなことを言いながら、エバンズ男爵令嬢が俺の脇腹をくすぐってきた。
「やめろ、くすぐるな。はしたないぞ!?」
「祭りのときは何をしても無礼講なんですー」
「何をしてもということはないだろう。こら、そこは、くくっ」
弱いところをくすぐられた俺は、たまらずに笑ってしまった。
「それですよ、その顔。祭りではそういう顔をするのが正解なんです」
笑いをこらえきれなくなった俺を見たエバンズ男爵令嬢が、満足気に口の端を上げた。
エバンズ男爵令嬢と一緒に回る町祭りはとても楽しかったが、楽しいのは途中までだった。
彼女が町祭りクイーンコンテストに参加し、クイーンになってしまったからだ。
彼女が楽しいならコンテストに参加しても良いかと思ったが、しかしクイーンはマズい。
この町の治安はお世辞にも良いとは言えない。ここの治安は俺が今後何とかしていかなければならない課題であり……と、その件は今は置いておく。
とにかくこの町では平民が町祭りクイーンになると、人さらいに狙われてしまうのだ。
そして現在エバンズ男爵令嬢は平民の格好をしている。
つまり、いつさらわれてもおかしくはない。
こうなったら、彼女を早いところ屋敷に帰して、平民の格好をやめてもらおう。そうでないと安心できない!
「ロ、ローガン様!」
たくさんの男性に囲まれたエバンズ男爵令嬢が、俺の名前を呼んだ。
すぐに彼女を引き寄せると、彼女がさらわれないように密着したまま馬車へと急ぐ。
「このまま移動するぞ。離れるなよ」
エバンズ男爵令嬢を馬車に詰め込むと、やっと生きた心地がした。
あのどさくさで彼女がさらわれたらどうしよう、と気が気ではなかったのだ。
「え? 祭りの視察は?」
「もう終わりだ」
「いいのですか? だってまだ……」
「君がクイーンになったせいで状況が変わった」
今は祭りの視察よりも、エバンズ男爵令嬢の安全が優先だ。
彼女には、一刻も早く屋敷に帰ってもらわなくては。
「すみません。こうなるとは思っていなくて……」
「だから俺は気が進まなかったんだ」
とはいえ、俺もまさかエバンズ男爵令嬢がクイーンになるとは思っていなかった。
今考えると、あの歌声を持つ彼女がクイーンにならないわけがないのに。
俺が浅はかだった。
「それならそうと教えてくだされば……いえ、勝手にコンテストに参加したあたしが悪いですね。すみません」
エバンズ男爵令嬢が、頭に乗せたままだった花かんむりを座席に置いた。
花かんむりは先程の人だかりで崩れかけてしまっている。
祭りの思い出であり町祭りクイーンになった証でもある花かんむりの代わりにはならないかもしれないが、今度彼女にティアラでも贈ろう。
「君はもうあまりこの町には近付くな」
「……はい」
エバンズ男爵令嬢はすっかり落ち込んでしまっている。もっと町祭りを楽しみたかったのかもしれない。
実際、俺もエバンズ男爵令嬢と回る祭りはとても楽しかった。祭りがあんなにも楽しいと思ったのは初めてのことだ。それはきっと、隣に彼女がいたからだ。
俺はもう気付いてしまっている。
俺は、エバンズ男爵令嬢のことが好きだ。




