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(2)
「これ、メイジー。クライン子爵が屋敷に来たなら来たと言わないか! ご挨拶したかったのに!」
翌日。
昨日屋敷に帰るなりシャワーを浴びてふて寝をしてしまったあたしを待っていたのは、お父様とお母様のお叱りだった。
まずクライン子爵がお見送りをしてくれたことを知ったお父様が、あたしに文句を垂れた。
「そうよ。そもそもどうして子爵を屋敷に上げなかったの? 遠いところまで来て頂いたのに」
お母様もお父様に続いてあたしを叱る。
「疲れていて思いつかなかったのです」
「思いつかないって、メイジー。あなたはいつからそんな礼儀知らずになってしまったの? お母様は悲しいわ」
「そうだぞ、クライン子爵には失礼の無いようにしないと。とはいえ、屋敷まで見送ってくれるなんて、かなり脈有りだな!」
お父様はあたしを叱りつつも、上機嫌だ。
しかしクライン子爵は、脈有りだからあたしを屋敷まで送ってくれたわけではないと思う。
本人が義務だと言っていた。
ハニートラップを仕掛けた際も、情事の責任を取ろうとしていたし、クライン子爵は根が真面目なのだろう。
「せめてクライン子爵にお礼の手紙は書くように」
「はい」
やっと両親から開放されたあたしは、自室のベッドに倒れ込んだ。
「クライン子爵、怒ってたわよね」
これまでクライン子爵は、あたしの神経を逆撫ですることは言っても、感情を露わにはしていなかった。
しかし、昨日は確かに怒っていた。
「途中まではすごく楽しかったのに。クイーンコンテストになんて参加するんじゃなかった」
大きな溜息が出る。
どうしてあたしはあのとき、クイーンコンテストへの参加に否定的なクライン子爵のことを無視してしまったのだろう。祭りで舞い上がり過ぎていたのだろうか。
そこまで考えて、ハッとする。
「あたし、クライン子爵とは早く縁を切りたかったのよね!? じゃあ今回のことで縁が切れて良かったじゃない!?」
…………そのはずなのに、心が晴れない。
「クライン子爵に手紙を書くって言っても、何を書けばいいのよ」
町祭りに誘ってくれたお礼?
祭りでいろいろ奢ってくれたお礼?
屋敷まで送ってくれたお礼?
それとも視察をめちゃくちゃにしたお詫び?
クライン子爵の機嫌を悪くしたお詫び?
それとも、これら全部?
何を書けばいいのか、考えがまとまらない。
「……気分転換にお菓子でも作ろうかしら」
こうして考え込んでいても、良い手紙が書けるとは思えない。
急がば回れ。お菓子を作って、一旦気分を変えてみるのも手だ。
* * *
キッチンで生地をこねながら、どんなクッキーを作ろうか考える。
どんなクッキーでも出来るだけの材料があることは、あらかじめ確認済みだ。
「マーブルクッキーもいいけれど、上にジャムを乗せたクッキーも美味しいわよね」
いろんなクッキーを思い浮かべながら、生地をこねていく。
「クライン子爵はリンゴが好きだと言っていたっけ。アップルパイも美味しいけれど、リンゴジャムを使ったクッキーも美味しそうね……って、気分転換なのにクライン子爵のことを考えてどうするのよ!?」
クライン子爵への手紙を書かなければいけないという思いが頭の片隅にあるせいか、どうしてもクライン子爵のことが頭に浮かんでしまう。
その流れで、あたしが町祭りクイーンになった後のクライン子爵の怖い顔を思い出してしまった。
「……あんなに怒らなくてもいいのに。そりゃあクライン子爵の視察を台無しにしたのはあたしだけれど、速攻で馬車に詰め込んで送り返すなんて。まだ見ていない店もあったのに」
とはいえ、あの状態で店を見るのが不可能だったことはあたしでも分かる。
だからクライン子爵の行ないを責めることは出来ない。
すべてあたしのせいだ。
「……はあ。もっと一緒に祭りを楽しみたかったなあ」
力を入れてクッキー生地をこねる。生地は力を入れる度にぐにゃりと形を変えていく。
「気分転換しているのに、全然気分が晴れない……はあ」
「お嬢様、溜息ばかり吐いていると幸せが逃げてしまいますよ」
いつの間にか近くにいた侍女が、にっこりと微笑みかけてきた。
「お菓子作りで気分が晴れないなら、パーッと買い物をするのはいかがでしょう。きっと気分がスッキリしますよ」
「それって、あなたが買い物に同行したいだけじゃない?」
「バレました? ですが買い物で気分が良くなるのは本当のことなので、ウィンウィンですよ」
「まったく、調子が良いんだから」
でも確かにこのままクッキーを作り続けていても、いつまでも悶々としていそうだ。いっそ外に出た方がいいかもしれない。
「そうね。生地を寝かせたら、買い物にでも出掛けましょうか!」
* * *
クライン子爵に関するモヤモヤを晴らすための買い物……なのだけれど、あたしは遠出をして昨日クライン子爵と一緒に来た町の中央広場へとやってきた。
クライン子爵には町にあまり近付くなと言われたけれど、あまり近付くなということは、絶対に近付いてはいけないわけではないはずだからだ。
それ以前に、そもそもクライン子爵にあたしの行動を制限する権利など無いのだ。
「祭りの翌日はこうなるのね」
今日は祭りのあとだからか、昨日と比べて町を歩いている人が極端に少ない。
後片付けに追われているのか、休業している店もちらほらある。
「祭りの翌日に町へ来たのは初めてだから知らなかったわ」
あたしが「休業中」の札の掛けられた店を見ながらそう言うと、侍女がぱあっと明るい声を出した。
「お嬢様は昨日、ここのお祭りに参加したのですよね? そして町祭りクイーンに選ばれた、と。さすがはお嬢様です!」
「運が良かっただけよ」
しばらく通りを歩いてみたけれど、あたしが昨日とは違って貴族らしい装いをしているためか、気安く声を掛けてくる男性はいない。
また動けないほど囲まれても困るけれど、昨日の今日でこれは少し寂しい。
「お嬢様、あの店は営業をしているみたいですよ。可愛い小物が売っていそうです」
めぼしい店を発見した侍女が、あたしを促した。
勧められるままに小物の並ぶ店の中へ足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー!」
店内に入ると元気な女性店員が出迎えてくれた。
「素敵なお店ですね。少し商品を見させてくださいな」
「少しと言わず、いくらでもご覧ください!」
女性店員が力強く言った。
「あの店員は、お嬢様がたくさん買い物をすると思って気合いが入っているのかもしれませんね」
「ふらっと立ち寄っただけなのだけれど……何かしらは購入した方が良さそうね」
あたしたちは店内を軽く見て回る。
商品棚には、可愛い物好きの女性が喜びそうな小物が、所狭しと並んでいる。
「あの……」
商品に釘付けになっている侍女を放置して、あたしは女性店員に話しかけてみることにした。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、その……世間話をしてもいいかしら?」
「何でもどうぞ。見ての通り、店は暇ですので」
あたしたち以外に客がいないこともあって、女性店員は笑顔で世間話に応じてくれた。
「ここを管理している子爵……クライン子爵ってどんな人なの?」
「子爵ですか? 話したことはありませんが、ぱっと見は怖い感じですよね」
「確かに怖いかも」
あたしは昨日の眼光の鋭いクライン子爵を思い出しながら相槌を打った。
「ですが私は、子爵って本当は良い人だと思うんです。町長が町で違法薬物の売買が行なわれて困ってると伝えたら町の警備を強化してくれましたし、誘拐が多発してる場所を伝えたらその場所に街灯を設置してくれたんです」
「へえ」
「子爵はきっと誤解されやすいだけなんです……って、私は遠くから見たことしかありませんけどね!」
店員がえへへと頬をかきながら笑った。
「……誤解されやすい人、ねえ」




