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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

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封印された観測者

黒い扉の向こうは、静寂に満ちていた。


風は吹かない。


波も立たない。


時間という概念すら存在しない空間。


世界が始まる以前から、この場所だけは誰にも触れられることなく封じられ続けてきた。


記憶の海最深部。


世界最古の封印領域。


白髪の少年はゆっくりと足を踏み入れる。


足音は響かない。


黒い水面は波紋ひとつ立てず、鏡のように世界を映していた。


その中央に、一人の男が立っている。


静かに。


まるで最初からそこにいたかのように。


少年は思わず息を呑んだ。


「……。」


身体が震える。


初めて会う。


それなのに、初めてではない。


胸の奥が、この男を知っていると叫んでいた。


男はゆっくりと振り返る。


黒髪。


蒼い瞳。


漆黒のロングコート。


その姿はどこかシオンに似ていた。


しかし決定的に違う。


瞳の奥に宿るもの。


それは何千年、何万年という時を見続けた者だけが持つ深い孤独だった。


男は少年を見ると、小さく微笑んだ。


「ようやく来たか。」


穏やかな声だった。


敵意はない。


警戒もない。


ただ、長い時間待ち続けた者の安堵だけが滲んでいた。


少年は一歩身構える。


「……俺を知っているのか。」


男はすぐには答えなかった。


代わりに空を見上げる。


黒い空には無数の光景が浮かんでいた。


滅んだ世界。


救われた世界。


途中で終わった世界。


数え切れない歴史が静かに流れている。


「また始まった。」


男は小さく呟く。


その声には疲れがあった。


諦めにも似た悲しみ。


それでも前へ進もうとする意志。


少年はゆっくり問いかける。


「お前は誰だ。」


男は少しだけ笑う。


「名前か。」


短く息を吐く。


「今の世界じゃ誰も知らない。」


蒼い瞳が静かに細くなる。


「俺は――レイ。」


その名が響いた瞬間だった。


記憶の海全体が大きく脈打つ。


ドクン。


黒い海が揺れる。


ドクン。


無数の記録が震える。


ドクン。


世界そのものが、その名前を拒絶するように軋み始めた。


レイは苦笑する。


「相変わらずだな。」


肩をすくめる。


「まだ俺を消し続けてるらしい。」


少年は眉をひそめた。


「消し続けてる……?」


「そうだ。」


レイは静かに歩き出す。


黒い水面の上を。


その足跡に合わせるように、水面へ無数の映像が浮かび上がった。


そこには一人の少年が映っている。


黒髪。


蒼い瞳。


シオン・アルヴィス。


一つの世界では王として。


別の世界では兵士として。


ある世界では旅人として。


そして別の世界では、誰にも知られないまま命を落としていた。


だが、どの世界にも共通しているものが一つだけあった。


最後まで戦い続けていること。


レイは映像を見つめながら静かに言う。


「全部、シオンだ。」


少年は息を呑む。


「全部……?」


「ああ。」


レイは頷く。


「世界が作り直されるたび、新しい可能性が生まれる。」


「その数だけ歴史が生まれる。」


「その数だけシオンも存在した。」


少年は映像から目を離せなかった。


何百。


何千。


いや。


何万という世界。


そのすべてにシオンがいた。


そして。


そのすべてが終焉で終わっていた。


「そんな……。」


震える声が漏れる。


「全部失敗したのか。」


レイは静かに答えた。


「一度も勝てなかった。」


映像が高速で流れる。


第一世界。


崩壊。


第二世界。


消滅。


第三世界。


終焉。


第四世界。


再編集。


果てしなく続く敗北の歴史。


「だから管理者が生まれた。」


レイは静かに続ける。


「だから観測者が作られた。」


「だから黒星王という存在が必要になった。」


少年は唇を噛む。


「全部……。」


「星喰いを止めるためだ。」


レイの声は低かった。


「だが。」


そこで言葉を切る。


蒼い瞳が少年を真っ直ぐ見つめた。


「誰も勝てなかった。」


世界が静まり返る。


少年は思わず問い返す。


「管理者でも?」


「無理だった。」


「観測者でも?」


「無理だった。」


少年は最後の問いを口にする。


「……お前でも?」


レイは少しだけ笑った。


その笑みは、どこか寂しかった。


「ああ。」


静かな返事。


「俺でも無理だった。」


少年の鼓動が速くなる。


レイはゆっくりと胸へ手を当てた。


「俺は最初の黒星王。」


その一言と同時に。


世界が砕け散った。


無数の映像が一気に溢れ出す。


黒い炎。


蒼い光。


星喰いとの戦い。


仲間の死。


世界の崩壊。


世界再構築。


何万回もの敗北。


何万回もの別れ。


そして、そのすべての中心にはレイが立っていた。


少年は言葉を失う。


「だから……。」


理解してしまう。


管理者がこの男を封印した理由。


歴史から名前を消した理由。


レイという存在そのものが、世界最大の禁忌だったのだ。


同じ頃。


世界の外側。


観測者領域。


シオンは突然膝をついた。


「ぐっ……!」


頭の中へ膨大な記憶が流れ込む。


知らない世界。


知らない仲間。


知らない自分。


それでも、どれも自分だった。


何度も繰り返された人生。


何度も繰り返された敗北。


「これは……。」


苦しみながら顔を上げる。


無意識に、一つの名前が口をついた。


「……レイ。」


その瞬間。


記憶の海でレイがゆっくりと振り返る。


まるで、その声が届いたかのように。


優しく笑う。


「ようやく繋がったか。」


蒼い瞳が静かに輝く。


「待っていたぞ、シオン。」


その言葉と同時に。


世界全体が再び大きく脈打つ。


ドクン。


記録が震える。


ドクン。


封印が軋む。


ドクン。


運命そのものが動き始める。


しかし、その変化を見逃さない存在がいた。


世界のさらに外側。


観測者ですら見ることのできない領域。


そこに、一つの巨大な瞳が静かに開く。


深紅の瞳。


星喰いですら見上げるしかない圧倒的な存在。


感情のない声が世界へ響いた。


『観測異常を確認。』


『最初の黒星王を確認。』


『修正対象を更新。』


『全世界再編集を開始する。』


その宣告とともに。


世界中の記録が、ゆっくりと黒く染まり始めていた。

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