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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

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忘却の檻

記憶の海最深部。


そこは、静寂だけが支配する世界だった。


風は吹かない。


波も立たない。


時間という概念さえ、この場所では眠りについているかのようだった。


白髪の少年は、一歩ずつ静かに歩みを進めていく。


足元を流れているのは、水ではない。


無数の記憶だった。


世界が誕生したその瞬間から、現在に至るまで積み重ねられてきた、歴史そのもの。


淡い光の粒が川のように流れ、触れるたびに様々な光景が映し出される。


家族と笑い合う人々。


崩れ落ちる天空都市。


空へ向かって枝を伸ばす世界樹。


英雄たちが命を懸けて剣を交える戦場。


すべてが一瞬だけ姿を見せ、また静かに流れ去っていく。


しかし、その流れは突然途切れた。


少年はゆっくりと足を止める。


「……ここか。」


目の前だけが、完全な黒に染まっていた。


光が存在しない。


記録が存在しない。


世界から切り離された、完全な空白。


まるで誰かが、その場所だけを歴史から切り取って捨てたかのようだった。


その中心には、一枚の巨大な扉がそびえ立っている。


漆黒の扉。


その表面には、幾重にも絡みつく無数の鎖。


世界樹の紋章。


月の紋章。


黒星晶の紋章。


管理者の紋章。


世界を支える四つの力が重なり、一つの巨大な封印を形作っていた。


少年は静かに息を吐く。


「世界中の力を使って封印するほどの記録……。」


赤い瞳が細くなる。


「何を隠した。」


返事はない。


だが、その瞬間だった。


――カチャ……


一本の鎖が、わずかに揺れた。


「!」


少年が顔を上げた瞬間、鋭い痛みが頭を貫く。


ズキッ――!!


視界が真っ白に染まった。


封印された記録が、一気に流れ込んでくる。


燃え盛る世界。


崩れ落ちる天空都市。


血のように赤く染まる空。


絶望に満ちた人々の叫び。


そして、その中心で一人の少年が剣を握っていた。


黒髪。


蒼い瞳。


シオン・アルヴィス。


しかし、それは今知っているシオンではない。


まだ幼い。


十五歳にも満たない少年だった。


「これは……。」


さらに映像が流れる。


シオンの隣には、もう一人立っている。


銀色の髪。


細い肩。


優しく微笑む少女。


だが、その顔だけが見えない。


ノイズが走る。


映像が激しく歪む。


まるで誰かが、意図的に記録を書き換えているかのように。


少年は奥歯を強く噛み締めた。


「まだ消しているのか……!」


怒りが胸の奥から込み上げる。


「どこまで隠すつもりだ。」


扉の向こうには真実が眠っている。


世界が最も隠したかった歴史が。



その頃――。


王立歴史研究院。


ルナリアは眠ることができず、窓辺に腰を下ろしていた。


禁書を胸へ抱き寄せる。


「どうして……。」


小さく漏れた声は、夜の静寂へ溶けていく。


胸が苦しい。


誰かが助けを求めている。


そんな感覚だけが消えなかった。


窓の外には満月が静かに浮かんでいる。


銀色の月光が部屋いっぱいへ降り注いでいた。


その月を見上げた瞬間だった。


世界が揺らぐ。


「え……?」


ルナリアの身体が淡い銀色の光に包まれた。


床が消える。


壁が消える。


部屋そのものが溶けるように崩れていく。


「な、何……?」


気が付くと、彼女は白い世界へ立っていた。


果てのない光。


音もない。


風もない。


時間の流れさえ感じられない。


夢ではない。


そう直感した。


「ここは……。」


震える声が静かに響く。


その時だった。


遥か彼方に、一つの人影が現れる。


黒いロングコート。


黒髪。


蒼い瞳。


その姿を見た瞬間、胸が激しく脈打った。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


身体が勝手に動く。


「待って!」


走り出していた。


理由なんて分からない。


ただ会いたかった。


ずっと。


ずっと。


この人に。


「お願い!」


涙を滲ませながら手を伸ばす。


しかし距離は縮まらない。


どれだけ走っても届かない。


少年は静かに歩き続ける。


「待って!」


もう一度叫ぶ。


その声に応えるように、少年がゆっくりと振り返った。


蒼い瞳。


優しい笑顔。


その瞬間、ルナリアの時間が止まる。


少年の唇が静かに動いた。


『大丈夫だ。』


たった四文字。


それだけだった。


それだけなのに。


ルナリアの瞳から涙が溢れた。


知っている。


この声を。


この笑顔を。


忘れていた。


いや――。


忘れさせられていた。


「シ……。」


あと一文字。


あと少しで思い出せる。


その瞬間だった。


轟音が白い世界を引き裂いた。


無数の鎖が空間を覆い尽くす。


世界樹の紋章。


月の紋章。


管理者の紋章。


黒星晶の紋章。


四つの封印が、一斉にルナリアへ襲い掛かる。


「いやっ!」


鎖が光を切り裂く。


少年の姿が消える。


笑顔が消える。


世界そのものが砕け散った。


ルナリアは勢いよく目を開く。


「はぁ……っ!」


荒い呼吸。


全身から汗が流れていた。


部屋へ戻っている。


夢だったのか。


そう思おうとした。


しかし違う。


胸にはまだ温もりが残っていた。


「……いた。」


小さく呟く。


「あの人は、本当にいた。」


確信だけが残る。


忘れていた誰か。


世界が消した誰か。


その存在だけは、決して幻ではなかった。



同じ頃。


世界の外側。


観測者領域。


シオンは静かに剣を握り直していた。


その前には、数え切れないほどの管理者たち。


白い軍勢が音もなく並び立つ。


誰もが絶望する光景。


それでも、シオンは小さく笑った。


「感じた。」


その声は静かだった。


「ルナリア。」


彼女が自分を探している。


その事実だけで十分だった。


「もう少しだ。」


剣を構える。


蒼い瞳が静かに輝く。


「必ず帰る。」


その言葉とともに。


黒い星全体が激しく脈動した。


ドクン。


世界が震える。


ドクン。


記録が軋む。


ドクン。


封印が悲鳴を上げる。


そして――。


記憶の海最深部。


黒い扉の向こうから、一つの声が静かに響いた。


『観測者よ。』


白髪の少年が顔を上げる。


低く。


重く。


世界そのものが語りかけてくるような声。


『真実を知る覚悟はあるか。』


少年は静かに笑った。


「そのために来た。」


その答えを待っていたかのように。


黒い扉を縛る封印が、一つ、また一つと重い音を立てながら外れ始める。


世界最古の記録。


世界最古の罪。


そして――すべての始まり。


長い眠りについていた真実が、ゆっくりと目覚めようとしていた。

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