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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

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「再編集」

世界の外側。


観測者領域の残骸。


白く崩れた大地の中央で、シオンは静かに立ち尽くしていた。


目の前には、一冊の本が宙に浮かんでいる。


蒼く輝く表紙。


無数の文字が淡く流れ続ける古代の記録書。


――観測者の書。


最初の観測者が最後に遺した、世界そのものを記録する書だった。


三年間、一度たりとも反応を見せなかったその本が、今まさに目覚めようとしている。


周囲では空間が軋んでいた。


白い荒野には無数の亀裂が走り、その裂け目の向こうには光も闇も存在しない”無”が広がっている。


さらに、その無の中から伸びる巨大な白い腕。


世界そのものを書き換えようとする異形の存在。


すべてが異常だった。


「……何が始まる。」


シオンは小さく呟き、一歩前へ踏み出した。


その瞬間だった。


バサッ――。


観測者の書がひとりでに開く。


風など吹いていない。


それでもページだけが勢いよくめくられていく。


一ページ。


二ページ。


十ページ。


百ページ。


無数の記録が高速で流れ始める。


滅んだ文明。


星晶戦争。


管理者。


星喰い。


世界再構築。


黒星王。


すべての歴史が、一瞬でシオンの前を通り過ぎていく。


「……全部、この本に。」


思わず息を呑む。


やがて最後のページが開いた。


真っ白だった。


何も書かれていない。


だが次の瞬間。


赤黒い文字がゆっくりと浮かび上がっていく。


『緊急観測記録 起動』


空間が震えた。


『観測者権限代行 起動』


『対象認証』


『黒星王 シオン・アルヴィス』


シオンは思わず目を見開いた。


「俺の……名前。」


その言葉を口にしたのは、いつ以来だろう。


三年間。


誰にも呼ばれなかった名前。


世界から消えた名前。


この世界で、自分という存在を記録しているものは、もう存在しないと思っていた。


だが、この本だけは違った。


『観測者代行権限 承認』


蒼い光が一気に広がる。


無数の文字列が空へ舞い上がり、巨大な魔法陣を描いていく。


観測者領域全体を覆うほどの超巨大な記録陣。


その中心に、一人の男が姿を現した。


白い外套。


黒髪。


蒼い瞳。


穏やかな笑顔。


シオンは静かに息を吐く。


「……あんたか。」


男は優しく笑った。


『久しぶりだな、シオン。』


「ああ。」


シオンも自然と笑う。


「死んだと思ってた。」


『死んでいるさ。』


男は肩をすくめた。


『だが、記録は残る。』


『それが観測者という存在だ。』


懐かしかった。


三年前。


最後の戦いのあと、一度も会うことはなかった。


記録だと分かっていても、その笑顔はあの日と変わらなかった。


「会えて良かった。」


その一言に、男は少しだけ目を細める。


『そんな顔をするな。』


『まだ終わっていない。』


その瞬間。


ゴォォォォォォォォ――。


観測者領域全体が激しく揺れた。


巨大な白い腕がさらに近づいてくる。


白い荒野が崩れ始める。


男の表情から笑みが消えた。


『時間がない。』


シオンも振り返る。


「あれは何なんだ。」


男はしばらく黙り込む。


やがて静かに答えた。


『管理者だ。』


「……ゼノアたちか?」


『違う。』


男は首を振る。


『あれは管理者ですらない。』


『管理者を管理する存在だ。』


シオンの表情が変わる。


男は続ける。


『世界編集機構。』


『あらゆる世界を監視し、異常を修正する存在。』


「異常……。」


『そうだ。』


『そして今、お前がその異常になった。』


静かな言葉だった。


だが、その重みは計り知れない。


「俺が?」


『本来、お前は存在していない。』


『世界を救ったあの日、お前は完全に消滅するはずだった。』


シオンはゆっくり頷く。


「分かってる。」


男は静かに笑った。


『だから俺がお前を隠した。』


「……。」


『観測者領域の最深部。』


『記録の海の底。』


『誰にも見つからない場所へ。』


シオンは苦笑する。


「無茶苦茶なことするな。」


『弟子を簡単に死なせるわけにはいかなかったからな。』


その言葉に、シオンは少しだけ笑った。


しかし、その空気も長くは続かない。


ゴゴゴゴゴ……。


白い腕が目前まで迫ってきていた。


その奥。


“無”の深淵から、巨大な影が姿を現す。


黒い星。


世界より巨大な天体。


その表面には無数の白い瞳が開き、無数の文字列が脈動している。


星喰いすら小さく見えるほどの圧倒的な存在。


シオンは言葉を失った。


「……あれが。」


男は静かに頷く。


『アーカイヴ本体。』


「本体……?」


『今までお前たちが戦ってきたアーカイヴは端末に過ぎない。』


『あれこそが世界編集機構の中枢。』


『無数の世界を管理し、必要とあれば世界ごと消去する存在だ。』


その瞬間。


世界全体へ無機質な声が響く。


『再編集対象確認。』


『黒星王確認。』


『修正開始。』


観測者領域が悲鳴を上げた。


記録の海が崩れる。


白い荒野が砕ける。


蒼い空間そのものが崩壊を始める。


その時だった。


観測者の書がこれまで以上に強く輝いた。


蒼い光がシオンを包み込む。


男は穏やかに笑う。


「どうする。」


シオンが問いかける。


男は迷わず答えた。


『決まっている。』


『帰るんだ。』


「……帰れるのか。」


『帰らせる。』


男は一歩近づき、シオンの肩へ手を置いた。


温もりはなかった。


それでも、不思議と安心できた。


『シオン。』


『三年前、お前は世界を救った。』


『だが、自分だけは救えなかった。』


その言葉が胸へ突き刺さる。


男は最後に優しく笑った。


『だから今度は違う。』


『今度は世界を救うな。』


シオンは目を見開く。


『今度は、自分を取り戻せ。』


その言葉と同時に。


観測者の書が眩い蒼光を放った。


世界が白く染まる。


黒い星が脈動する。


アーカイヴ本体がゆっくりとこちらへ視線を向ける。


そして。


忘れられた英雄を、再び世界へ還す計画が静かに動き始めた。


誰にも知られることなく。


誰にも気づかれることなく。


運命は、もう一度動き出す。


その先で待つのは、世界の救済ではない。


失われた名前を取り戻すための、新たな物語だった。

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