「誰も知らない英雄」
「ルナリア!!」
シオンの叫びが響いた。
崩壊する天空神殿。
砕ける世界核。
終焉へ向かう世界。
その全ての中で。
少女は静かに歩いていた。
振り返らない。
立ち止まらない。
ただ前へ。
世界核へ向かって。
月光に包まれながら。
シオンは走る。
全力で。
傷だらけの身体を引きずりながら。
どれだけ傷付いても構わなかった。
どれだけ血を流しても構わなかった。
ただ。
間に合ってほしかった。
ルナリアだけは。
失いたくなかった。
その時だった。
少女が止まる。
世界核の前。
静かに振り返る。
銀色の髪が揺れる。
涙で濡れた蒼い瞳。
それでも。
彼女は笑っていた。
出会った日のように。
優しく。
どこまでも優しく。
「ごめんね」
その一言に。
シオンの心が凍る。
理解してしまった。
全てを。
第五章でルナリアが知った真実。
月の継承者の役目。
世界を救う代償。
それは。
彼女自身だった。
「やめろ……」
掠れた声。
ルナリアは首を振る。
「ダメ」
涙が零れる。
それでも笑う。
「もう決めたから」
シオンは拳を握る。
震える。
怒りでもない。
絶望でもない。
恐怖だった。
大切な人を失う恐怖。
何度世界を救っても。
何度戦っても。
結局守れない。
そんな未来への恐怖。
「ふざけるな……」
シオンが前へ出る。
「そんな終わり方認めるかよ」
ルナリアは泣きながら笑った。
「シオンらしいね」
その言葉が胸を刺す。
世界核がさらに脈打つ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
空が崩れる。
星喰いが咆哮する。
終焉は待ってくれない。
残された時間はあと僅かだった。
その時だった。
ノクスが静かに前へ出る。
「シオン」
低い声。
シオンが振り向く。
ノクスは全てを理解していた。
何千回もの記憶。
何千回もの終焉。
その全てを思い出していた。
「今回も同じだと思うか?」
シオンが息を呑む。
ノクスは笑った。
昔と同じように。
「俺達はここまで何のために来た」
沈黙。
そして。
シオンの瞳が揺れる。
そうだ。
何千回も失敗した。
何千回も救えなかった。
だが。
今回は違う。
今までとは違う。
仲間がいる。
未来がある。
希望がある。
その瞬間。
黒星晶が輝いた。
今まで見たこともないほど強く。
蒼黒い光が世界を包む。
ドクン。
世界が脈打つ。
ドクン。
世界核が反応する。
ドクン。
観測者領域が共鳴する。
そして。
白き記録者の最後の言葉が蘇る。
『お前だけは諦めなかった』
シオンの瞳が大きく開く。
全てが繋がった。
黒星晶。
観測者。
月の継承者。
世界核。
そして。
自分自身。
世界を救う代償は。
ルナリアだけではない。
最初から。
自分だった。
シオンは静かに笑った。
不思議なくらい穏やかに。
「そういうことか」
ルナリアの表情が変わる。
初めて恐怖が浮かぶ。
「だめ……」
震える声。
「だめだよシオン」
だが。
シオンは首を振った。
「今度こそ守る」
短い言葉。
だが。
そこに全てがあった。
何千回も届かなかった願い。
何千回も救えなかった未来。
その全てを終わらせる決意。
ルナリアが涙を流す。
首を振る。
叫ぶ。
それでも。
シオンは笑っていた。
出会った日のように。
どこまでも優しく。
「ありがとう」
その言葉に。
ルナリアは崩れ落ちる。
泣きながら。
声を失いながら。
シオンは世界核へ手を伸ばす。
瞬間。
黒星晶が砕けた。
蒼黒い光が世界を包む。
観測者領域が崩壊する。
星喰いが悲鳴を上げる。
世界中の空が光り始める。
世界再構築ではない。
もっと違う。
運命そのものの修復。
何千回も繰り返された終焉。
その連鎖を断ち切る力。
それが黒星晶の本当の役目だった。
星喰いが叫ぶ。
絶望が叫ぶ。
終焉が叫ぶ。
だが。
止まらない。
シオンの光が世界を包む。
アリアが叫ぶ。
ガルドが叫ぶ。
セラフィナが涙を流す。
エリナが泣き崩れる。
ノクスだけは笑っていた。
親友を見送るように。
誇らしげに。
「やっと終わるな」
その言葉と共に。
星喰いが砕けた。
終焉が消える。
世界が静かになる。
空の亀裂が閉じる。
海が戻る。
大地が再生する。
そして。
光の中心で。
シオンの姿が消え始める。
誰よりも静かに。
誰よりも優しく。
ルナリアが手を伸ばす。
届かない。
もう届かない。
それでも叫ぶ。
「シオン!!」
涙が溢れる。
止まらない。
だが。
少年は最後まで笑っていた。
世界を守れたことを。
仲間を守れたことを。
未来を繋げたことを。
誇るように。
そして。
光が弾ける。
世界は救われた。
だが。
英雄の姿だけが。
静かに歴史から消えていった。
誰も知らないまま。
誰にも語られないまま。
一人の英雄が。
世界を救った。




