「月光の祈り」
世界核は静かに脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
その鼓動は世界そのものだった。
創世から続く命の鼓動。
何千回もの滅亡を見届けた鼓動。
そして今。
最後の時を迎えようとしていた。
天空神殿エデン最深部。
世界核の間。
巨大な光柱が天井を貫いている。
黄金の光。
黒い光。
月の光。
三つの力が混ざり合いながら渦を描いていた。
その中心に立つ少女。
ルナリア・セレス。
銀色の髪。
蒼い瞳。
月の継承者。
世界を救う最後の鍵。
彼女は静かに世界核を見上げていた。
恐怖はあった。
迷いもあった。
それでも。
足は止まらない。
もう決めているからだ。
胸元のペンダントが輝く。
蒼白い光。
優しい光。
その中から声が響いた。
『本当にいいのね』
セレネだった。
最初の月の巫女。
最初に世界のために命を捧げた少女。
ルナリアは微笑む。
どこか寂しそうに。
どこか穏やかに。
「うん」
短い返事。
だが。
その一言に全てが込められていた。
セレネはしばらく黙っていた。
何も言わない。
止めない。
責めない。
なぜなら。
その覚悟を知っているから。
かつて自分も同じ選択をしたから。
ルナリアは世界核へ近付く。
光が強くなる。
月の紋章が浮かび上がる。
古代文字が輝く。
世界核が反応している。
月の継承者を認識したのだ。
その時だった。
世界核の表面に映像が現れる。
一つ。
二つ。
三つ。
無数の記録。
そこに映るのは歴代の月の継承者達。
誰もが同じ瞳をしていた。
誰もが同じ決意を抱いていた。
そして。
誰もが最後に笑っていた。
世界を守れたことを誇るように。
ルナリアの瞳が揺れる。
涙が浮かぶ。
「みんな……」
誰も強制されたわけじゃない。
誰も命令されたわけじゃない。
それでも選んだ。
大切な人を守るために。
未来を守るために。
自らの命を。
その時。
一つの映像が現れる。
シオンだった。
まだ幼い。
今より幼い。
知らない記憶。
知らない世界。
だが。
そこにいた。
何度も。
何度も。
何度も。
世界を救おうとしていた。
傷付きながら。
倒れながら。
忘れられながら。
それでも立ち上がっていた。
ルナリアの頬を涙が伝う。
「どうして……」
声が震える。
「どうして一人でそんなに頑張れるの……」
答える者はいない。
だが。
分かっていた。
シオンだからだ。
誰かを見捨てられない。
誰かが泣いていれば手を伸ばす。
どれだけ傷付いても。
どれだけ裏切られても。
変わらない。
だから皆がついてきた。
だから世界はまだ終わっていない。
その時だった。
世界核がさらに輝く。
ゴォォォォォォォォォ――――
空間が震える。
終焉神ゼノアの力が増している。
星喰いもまた世界を侵食している。
残された時間は少ない。
ルナリアは目を閉じた。
そして。
静かに手を重ねる。
世界核へ。
瞬間。
月光が溢れ出した。
神殿全体が白く染まる。
管理者アーカイヴが反応する。
『月の継承者認証』
『最終起動権限承認』
『世界再生補助機構起動可能』
古代文字が浮かぶ。
無数の術式が展開される。
そして。
ルナリアだけが知る真実が現れた。
世界を救う方法。
その代償。
それを見た瞬間。
彼女は息を呑む。
想像以上だった。
残酷だった。
そして。
理解してしまった。
なぜ歴代の継承者達が笑っていたのか。
なぜ誰も真実を語らなかったのか。
なぜシオンにだけは知られてはいけないのか。
全てが繋がった。
沈黙。
長い沈黙。
やがてルナリアは目を開く。
涙は消えていた。
代わりに宿っていたのは覚悟だった。
誰よりも強い覚悟。
「ごめんね」
小さな声。
誰へ向けた言葉なのか。
彼女自身にも分からなかった。
シオンか。
仲間達か。
未来の世界か。
ただ一つだけ確かなことがある。
その決意はもう揺らがない。
その頃。
観測者領域では。
シオンがついに自身の真実へ辿り着こうとしていた。
黒星晶。
観測者。
終焉。
世界再構築。
全ての答えが一つへ繋がろうとしている。
そして。
運命は最終局面へ向かう。
誰も知らないまま。
月の少女は最後の祈りを胸に抱きながら。
静かに運命を受け入れていた。




