「白き記録者」
白い世界は続いていた。
果てしなく。
終わりなく。
まるで時間そのものを失ったかのように。
シオンは立ち尽くしていた。
目の前には白い外套の男。
最初の世界を知る最後の存在。
記録者。
観測者領域の管理者。
そして。
何千年もの歴史を見続けてきた男。
男は静かに歩き出した。
シオンも後を追う。
二人が進むたびに景色が変わる。
無数の光が浮かび上がる。
それは記録だった。
文明。
国家。
戦争。
愛。
希望。
絶望。
全てが保存されている。
まるで世界そのものの記憶庫だった。
「全部残してあるのか」
シオンが呟く。
男は頷く。
「忘れないためだ」
短い言葉。
だが重かった。
忘れないため。
誰を。
何を。
その答えをシオンはまだ知らない。
男は立ち止まる。
目の前に巨大な光の柱が現れる。
無数の名前。
無数の顔。
無数の人生。
それらが光の粒子となって漂っていた。
「これは」
シオンが息を呑む。
男は静かに言った。
「滅んだ世界の人々だ」
沈黙。
世界が止まる。
シオンは言葉を失った。
数が異常だった。
一つの世界ではない。
何百。
何千。
何万。
積み重なった終焉。
その全てがここに記録されていた。
「こんなの……」
声が震える。
男は光を見上げる。
その瞳には深い悲しみがあった。
「俺は覚えている」
静かな声。
「誰も覚えていなくても」
風もない世界で。
男の外套だけが揺れた。
「彼らは生きていた」
「笑っていた」
「愛していた」
「未来を夢見ていた」
一つ一つの言葉が重い。
何千年分もの後悔がそこにあった。
シオンは拳を握る。
その時だった。
光の柱の中に見覚えのある顔が映る。
ガルド。
アリア。
ルナリア。
ノクス。
セラフィナ。
エリナ。
全員だった。
だが今の姿ではない。
知らない世界。
知らない時代。
それぞれが違う人生を歩いている。
戦士だった世界。
王だった世界。
研究者だった世界。
そして。
死んでいく世界。
「なんだよこれ……」
シオンの声が震える。
男は答える。
「可能性だ」
その一言に全てが詰まっていた。
「世界が違えば人生も違う」
「だが終焉だけは変わらなかった」
星喰い。
終焉。
滅び。
何度世界をやり直しても。
何度歴史を作り直しても。
最後にはそこへ辿り着く。
シオンは歯を食いしばった。
男は続ける。
「だから管理者が生まれた」
景色が変わる。
巨大な研究施設。
無数の端末。
星晶炉。
白衣を着た研究者達。
その中心に立つ若い男。
ゼノアだった。
まだ管理者ではない。
まだ人間だった頃。
希望に満ちた瞳。
未来を信じていた男。
「ゼノア……」
シオンが呟く。
男は頷く。
「最初は英雄だった」
映像が流れる。
世界を救うために研究を続けるゼノア。
仲間達と笑い合うゼノア。
未来を語るゼノア。
そして。
星喰いによって全てを失うゼノア。
映像は終わる。
男は静かに目を閉じた。
「奴も被害者だった」
シオンは何も言えない。
終焉神。
管理者。
支配者。
その全てになる前。
一人の人間だった。
誰かを守りたかった男だった。
「だが」
男の声が変わる。
「奴は選んだ」
世界が暗くなる。
無数の再構築。
無数の管理者。
無数の犠牲。
積み重なっていく世界。
「救うために管理する道を」
「お前は違う」
蒼い瞳がシオンを見る。
真っ直ぐに。
逃げ場のないほど真っ直ぐに。
「お前は何度終わっても諦めなかった」
シオンの胸が震える。
何かを思い出しそうになる。
届きそうで届かない。
失われた最後の記憶。
男は微笑んだ。
「だからここまで来た」
その時だった。
観測者領域全体が大きく揺れる。
ゴォォォォォォォォォ――――
白い世界に亀裂が走る。
男の表情が変わる。
初めてだった。
焦り。
緊張。
その感情が見えた。
シオンが振り向く。
遠く。
白い世界の果て。
そこに巨大な黒い影が見えた。
星喰い。
終焉そのもの。
観測者領域にまで侵入を始めている。
男は静かに呟く。
「時間がない」
シオンの瞳が揺れる。
男はゆっくりと手を伸ばした。
「次の記録を見せよう」
その瞬間。
世界が再び変わり始める。
星喰いが生まれた理由。
世界が繰り返される理由。
創世の時代に起きた最初の罪。
全ての真実が眠る場所へ。
シオンは導かれる。
世界最大の禁忌へ。




