「始まりの世界」
光だった。
世界は白く染まっていた。
音もない。
風もない。
時間すら存在しない。
ただ果てしなく続く白。
その中心にシオンは立っていた。
どこまでも広がる光の海。
境界はない。
空もない。
大地もない。
上下さえ曖昧だった。
まるで世界そのものが生まれる前の場所。
全ての始まり。
全ての終わり。
観測者領域。
そこへシオンは立っていた。
「ここは……」
声が響く。
しかし反響はない。
音そのものが意味を失っているようだった。
振り返る。
誰もいない。
ルナリアも。
ノクスも。
アリアも。
ガルドも。
誰もいない。
一人だった。
その時だった。
足音が聞こえた。
コツ。
コツ。
コツ。
静かな足音。
白い世界の奥から一人の男が歩いてくる。
白い外套。
黒髪。
蒼い瞳。
どこか懐かしい顔。
どこか自分に似た顔。
シオンは息を呑んだ。
知っている。
ずっと前から。
何度も夢で見ていた。
何度も記憶の断片で見ていた。
そして。
第23話最後に見た男。
男は微笑んだ。
優しく。
まるで再会を喜ぶように。
「ようやく来たな」
シオンは言葉を失う。
男は立ち止まる。
そして静かに言った。
「待っていた」
長い沈黙。
シオンは拳を握る。
聞きたいことが多すぎた。
なぜ世界は繰り返されるのか。
なぜ自分だけが記憶を持つのか。
なぜ終焉は終わらないのか。
そして。
この男は誰なのか。
「お前は……」
掠れた声。
男は微笑む。
悲しそうに。
どこか懐かしそうに。
そして答えた。
「俺は記録者だ」
白い世界が揺れる。
無数の光が浮かび上がる。
それは記憶だった。
世界だった。
歴史だった。
何万もの人生。
何万もの文明。
何万もの終焉。
全てがそこにあった。
男は空を見る。
いや。
この場所に空はない。
それでも。
どこか遠くを見ていた。
「最初の世界を知る最後の人間」
静かな声。
「それが俺だ」
シオンの瞳が揺れる。
世界が止まる。
心臓が脈打つ。
ドクン。
男は続ける。
「お前達の世界は最初の世界じゃない」
その瞬間。
白い世界が崩れた。
景色が変わる。
目の前に現れる巨大な都市。
空を埋め尽くす飛空艇。
無数の星晶炉。
光り輝く文明。
アストレアすら比較にならない。
神話を超えた超文明。
シオンは息を呑む。
「これが……」
男は頷く。
「始まりの世界だ」
世界創世以前。
管理者誕生以前。
星喰い襲来以前。
全てが存在していた最初の時代。
そこには争いもあった。
希望もあった。
夢もあった。
未来もあった。
誰も終焉を知らなかった。
誰も滅びを知らなかった。
だから笑っていた。
だから生きていた。
そして。
男もまた。
その世界で生きていた。
仲間と共に。
家族と共に。
愛する者達と共に。
「俺達は信じていた」
男が言う。
「未来は続くと」
都市の人々が笑う。
子供達が走る。
市場が賑わう。
平和だった。
本当に。
どこまでも。
平和だった。
その時だった。
空が割れた。
バキィィィィィィィン――――!!
世界全体へ響く破壊音。
人々が空を見上げる。
誰も理解できない。
何が起きたのか。
そして。
そこから現れた。
巨大な瞳。
巨大な闇。
巨大な絶望。
星喰い。
終焉そのもの。
全ての始まり。
全ての悲劇。
その瞬間。
世界が絶叫した。
都市が消える。
大地が砕ける。
海が蒸発する。
文明が崩壊する。
人々が死んでいく。
男の瞳から光が消える。
「俺達は敗北した」
静かな声。
重い声。
千年以上抱え続けた後悔。
「誰も勝てなかった」
シオンは拳を握る。
見ていることしかできない。
男は振り返る。
蒼い瞳がシオンを見る。
そして。
初めて真剣な顔になる。
「ここからだ」
その言葉に。
シオンの背筋が震える。
男は静かに手を伸ばした。
世界がさらに変わり始める。
最初の世界が滅びた後。
管理者誕生。
観測者計画。
世界再構築。
全ての真実が眠る場所へ。
物語はさらに深い核心へ向かう。
そして。
シオンはまだ知らない。
自分自身の本当の正体を。
黒星晶が選んだ理由を。
そして。
世界を救う代償を。
全てを知る時が。
すぐそこまで迫っていた。




