「記録者レオニクス」
世界は崩壊し続けていた。
空の亀裂はさらに広がる。
星喰いは侵食を続ける。
終焉神ゼノアは完成へ近付いている。
残された時間は少ない。
誰もがそう理解していた。
その頃。
世界樹アストレア最上部。
レオニクスは一人で立っていた。
風が吹く。
金色の髪が揺れる。
蒼い瞳は遥か遠くを見つめていた。
星喰いではない。
終焉神でもない。
もっと遠く。
もっと昔。
誰も知らない過去を。
「また始まったか」
小さな呟き。
その声には疲労が滲んでいた。
千年。
いや。
それ以上。
長過ぎる時間を生きた者だけが持つ重み。
その時だった。
背後から足音が響く。
振り返る。
そこにいたのはセラフィナだった。
氷晶槍を背負ったまま歩いてくる。
「探しました」
レオニクスは苦笑した。
「戦場はどうした」
「少しだけ休憩です」
珍しい返答だった。
以前の彼女ならそんなことは言わない。
少しだけ人間らしくなった。
それを見てレオニクスは微笑む。
「変わったな」
セラフィナは何も答えなかった。
代わりに空を見る。
崩壊する世界。
終焉。
その全てを。
そして静かに聞いた。
「あなたは何者なんですか」
風が止まる。
沈黙。
長い沈黙だった。
レオニクスは目を閉じる。
まるで遠い昔を思い出すように。
「何だと思う」
「人間ではありません」
即答だった。
レオニクスは笑う。
「正直だな」
セラフィナは真剣だった。
彼女は気付いていた。
ずっと前から。
レオニクスだけが知り過ぎている。
世界の真実を。
管理者を。
星喰いを。
まるで最初から全てを見てきたように。
レオニクスは再び空を見る。
そして。
静かに語り始めた。
「昔」
その声はどこか懐かしそうだった。
「まだ世界が一つだった頃」
セラフィナの瞳が揺れる。
神話以前。
歴史以前。
誰も知らない時代。
「俺には仲間がいた」
世界が少しだけ変わる。
彼の記憶。
遠い過去。
そこには笑い合う人々がいた。
研究者達。
戦士達。
観測者達。
未来を夢見た者達。
まだ世界が壊れていなかった頃。
まだ終焉が訪れていなかった頃。
「皆死んだ」
短い言葉。
だが重かった。
セラフィナは何も言えない。
レオニクスは続ける。
「守れなかった」
風が吹く。
世界樹が揺れる。
「何度も」
その一言に。
何か異常なものを感じた。
何度も。
普通なら一度だ。
だが彼は違う。
まるで繰り返し見てきたような言い方だった。
セラフィナが問う。
「何度も?」
レオニクスは少しだけ笑った。
「まだ話す時じゃない」
その瞳はどこか悲しかった。
全てを知る者の瞳。
全てを失った者の瞳。
その時だった。
ゴォォォォォォォォォ――――
世界樹が震える。
全員が空を見る。
終焉神ゼノアの力がさらに増している。
世界核が暴走を始めていた。
レオニクスの表情が変わる。
「始まる」
低い声。
セラフィナも緊張する。
何かが起きる。
そう本能が告げていた。
その瞬間。
レオニクスの胸元に下げられていた古い結晶が輝いた。
見たことのない光。
蒼い光。
それはまるで誰かが呼んでいるようだった。
レオニクスの瞳が大きく開く。
「まさか……」
信じられないものを見る顔。
結晶の中に映る一つの紋章。
観測者紋章。
誰も知らないはずの古代の印。
そして。
それはシオンの黒星晶と同じ光を放っていた。
レオニクスは震える。
千年以上待ち続けた希望。
何度も失敗した未来。
何度も見送った世界。
その全てが。
ついに終わるかもしれない。
「間に合ったのか……」
誰にも聞こえない声。
その瞳には涙が浮かんでいた。
セラフィナは理解できない。
だが分かった。
レオニクスは何かを知っている。
世界の始まりを。
世界の終わりを。
そして。
シオンの本当の運命を。
風が吹く。
世界は終焉へ向かって進む。
そして。
記録者が守り続けた最後の秘密もまた。
解き放たれようとしていた。




