「月の継承者」
天空神殿エデン。
その最深部へ続く回廊は静寂に包まれていた。
外では世界が崩壊している。
星喰いが暴れている。
終焉神ゼノアが誕生した。
仲間達は命を懸けて戦っている。
それなのに。
この場所だけは異様なほど静かだった。
ルナリアは一人で歩いていた。
銀色の髪を揺らしながら。
迷いなく。
立ち止まることなく。
その瞳は真っ直ぐ前だけを見ている。
胸元の月のペンダントが淡く輝く。
ドクン。
ドクン。
心臓の鼓動に合わせるように。
蒼白い光が漏れていた。
『もう後戻りはできないわ』
セレネの声が響く。
優しい声だった。
最初の月の巫女。
何千年もの昔。
世界を守るために自らを捧げた少女。
ルナリアは頷いた。
「分かってる」
その声に迷いはない。
だが。
胸の奥は痛かった。
シオンの顔が浮かぶ。
アリアの顔が浮かぶ。
ガルドの笑顔。
エリナの元気な声。
ノクスの不器用な優しさ。
セラフィナの静かな笑顔。
レオニクスの真っ直ぐな瞳。
全員が浮かぶ。
失いたくない。
本当は。
誰よりも。
それでも。
進まなければならなかった。
その時だった。
回廊の壁に古代文字が浮かび上がる。
蒼い光。
月の紋章。
ルナリアが立ち止まる。
壁が開く。
隠された空間。
誰も知らない部屋。
月の民だけが辿り着ける場所。
そこには無数の記録結晶が浮かんでいた。
まるで星空のように。
「ここは……」
『月の記録庫』
セレネが答える。
『月の民の歴史』
『失われた真実』
ルナリアは息を呑んだ。
結晶の中に映像が映る。
遠い過去。
まだ世界が一つだった時代。
人々は笑っていた。
争いも少ない。
平和な世界。
だが。
そこへ現れた。
星喰い。
巨大な闇。
終焉そのもの。
都市が消える。
文明が滅ぶ。
人々が死ぬ。
絶望だけが残る。
そして。
その前へ進み出る一人の少女。
セレネだった。
今のルナリアによく似ている。
銀色の髪。
蒼い瞳。
月の力。
彼女は一人で星喰いへ向かった。
誰にも知られず。
誰にも止められず。
そして。
世界再生装置を起動した。
その代償として。
命を失った。
映像が終わる。
ルナリアは言葉を失った。
『これが最初』
セレネが静かに言う。
『そして最後ではなかった』
次々に映像が流れる。
二代目。
三代目。
四代目。
月の継承者達。
何度も。
何度も。
何度も。
同じ選択をしていた。
世界を守るために。
誰かを守るために。
自らを犠牲にして。
ルナリアは拳を握る。
涙が零れた。
「どうして……」
掠れた声。
「どうしてみんな一人で……」
セレネは答えない。
答えられなかった。
それが月の民の宿命だったから。
長い沈黙。
そして。
ルナリアは小さく笑った。
悲しそうに。
でもどこか優しく。
「シオンなら怒るだろうな」
その顔が浮かぶ。
きっと怒鳴る。
絶対に認めない。
世界なんて関係ないと言う。
助けると言う。
どんな無茶をしてでも。
だから。
言えなかった。
最後まで。
絶対に。
その時だった。
記録結晶の一つが強く輝く。
見たことのない映像。
そこに映っていたのは。
黒い翼を持つ少年だった。
黒星王。
シオン。
ルナリアの瞳が揺れる。
そこには今まで知らなかった記録が映っていた。
崩壊する世界。
泣き叫ぶ人々。
そして。
シオンが一人で立っている。
世界を守るために。
全てを背負いながら。
何度も。
何度も。
何度も。
繰り返し。
世界を救おうとしていた。
「シオン……」
涙が溢れる。
自分だけじゃなかった。
彼もまた。
ずっと戦い続けていた。
誰にも知られず。
誰にも覚えられず。
それでも。
何度でも。
立ち上がっていた。
ルナリアは目を閉じる。
そして。
決意をさらに固める。
今度こそ終わらせる。
この終わらない悲劇を。
誰も犠牲にならない未来のために。
たとえ。
自分が消えることになっても。
その時。
世界核の鼓動が響く。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
終焉神ゼノアの力が増大している。
時間がない。
ルナリアはゆっくりと立ち上がる。
涙を拭う。
そして。
最後の扉へ向かって歩き出した。
世界核。
全ての始まり。
全ての終わり。
運命の場所へ。
その瞳に迷いはもうなかった。




