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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE

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6/57

「星喰い襲来」

 黒い結晶が、夜空から降り注いでいた。


 それは流星ではない。


 雨でもない。


 世界の外側から落ちてくる、災厄の欠片だった。


 峡谷の上空では、黒い月が不気味に脈動している。


 ドクン。


 ドクン。


 その鼓動に合わせるように空間が軋み、大地が震えた。


 星喰い。


 第5話で姿を現した黒い月は、ついに現実へ牙を剥いたのだ。


 黒い結晶が地面へ突き刺さる。


 一つ。


 十。


 百。


 数え切れないほどの結晶が、峡谷一帯を埋め尽くしていく。


 そして。


 パキリ――。


 結晶の表面に亀裂が走った。


 次の瞬間、無数の怪物が姿を現す。


 漆黒の外殻。


 真紅の瞳。


 歪んだ四肢。


 生物とは思えない異形。


 まるで、人類の悪夢そのものが肉体を得たような存在だった。


「ギャァァァァァァァ!!」


 咆哮が峡谷を震わせる。


 教団兵たちの顔色が、一瞬で変わった。


「な、何だこいつら!?」


「魔物じゃない!」


「隊列を維持しろ!」


「無理だ、速すぎる!」


 命令は悲鳴に変わった。


 怪物の一体が地面を蹴る。


 その速度は異常だった。


 次の瞬間、教団兵の身体が宙を舞う。


 鮮血が夜空へ散った。


 悲鳴。


 怒号。


 絶叫。


 つい先ほどまでシオンたちを追い詰めていた教団軍は、一瞬で狩られる側へ回っていた。


 戦場が、地獄へ変わっていく。


 シオンは息を呑んだ。


 今まで見てきた魔物とは違う。


 殺意の質が違う。


 ただ生きるために襲うのではない。


 ただ捕食するのでもない。


 まるで、人類そのものを憎んでいるかのようだった。


「くそっ!」


 シオンは反射的に走り出す。


 怪物に襲われかけていた兵士を突き飛ばした。


「どけ!」


 兵士が地面を転がる。


 その直後、怪物の爪がシオンへ迫った。


 避けられない。


 そう思った瞬間――。


 ドォォォォォン!!


 紅蓮の炎が怪物を飲み込んだ。


「前を見ろ、ガキ!」


 ガルドだった。


 炎を纏った大剣が轟音とともに振り下ろされ、怪物の身体を吹き飛ばす。


 黒い異形は岩壁へ叩きつけられた。


「助かった!」


「礼は後だ!」


 ガルドは炎を纏ったまま周囲を警戒する。


 だが、次の瞬間、その表情が変わった。


 焼き払ったはずの怪物が蠢いている。


 炭化した肉体。


 砕けた骨格。


 失われた頭部。


 それらすべてが黒い霧へ変わり、再び一つに集まり始めていた。


「何だと……?」


 数秒後。


 怪物は何事もなかったかのように立ち上がった。


 ルナリアの顔が青ざめる。


「やっぱり……。」


 シオンが振り返った。


「知ってるのか!?」


 ルナリアは唇を震わせながら答える。


「星喰いの眷属よ……。」


「星晶に蓄積された負の感情が、形になった存在……。」


 ガルドが眉をひそめる。


「つまり?」


「普通には倒せない。」


 最悪の答えだった。


 その直後。


 重力が爆発した。


 ドォォォォォォン!!


 大地が陥没し、怪物たちがまとめて押し潰される。


 砕けた岩盤の中心に立っていたのは、ヴォルグ・アイゼンだった。


 黄金の瞳が冷たく光る。


「全軍。」


 低い声が峡谷へ響いた。


「怪物殲滅を最優先とする。」


 教団兵たちが戸惑う。


「しかし、対象は――」


「命令だ。」


 それだけで全員が沈黙した。


 ヴォルグはシオンたちを許したわけではない。


 だが今だけは違う。


 星喰いの前では、人類は同じ側に立たされる。


 ガルドが苦笑した。


「まさか教団と共闘する日が来るとはな。」


「勘違いするな。」


 ヴォルグは冷たく言う。


「お前たちを許したわけではない。」


「だろうな。」


 シオンも短く返した。


 だが、今は戦うしかない。


 怪物たちが再び立ち上がる。


 焼かれても。


 潰されても。


 斬られても。


 何度でも再生する。


 炎。


 重力。


 魔法。


 銃撃。


 あらゆる攻撃が飛び交う。


 それでも怪物の数は減らない。


 むしろ増えているようにすら見えた。


 その時だった。


 ドクン――。


 シオンの胸が熱を帯びる。


 右腕に刻まれた黒い紋章が脈動した。


 黒星晶。


 視界が歪む。


 世界の色が変わる。


 そしてシオンには、怪物たちの本質が見えた。


 外殻ではない。


 牙でもない。


 爪でもない。


 その奥に渦巻くもの。


 絶望。


 怒り。


 悲しみ。


 憎しみ。


 後悔。


 無数の感情が、黒い泥のように蠢いている。


 怪物の正体は魔物ではなかった。


 人間の感情そのもの。


 世界が長い年月をかけて蓄積した、負の感情だった。


「これは……。」


 その瞬間、頭の奥で声が響く。


『喰らえ。』


 低く深い声。


『黒星晶は終焉ではない。』


『循環だ。』


 シオンは無意識に右手を伸ばした。


 黒い光が広がる。


 怪物が悲鳴を上げた。


「ギィィィィィィ!!」


 身体が崩壊する。


 黒い霧となった怪物が、シオンの右腕へ吸い込まれていく。


 完全に。


 跡形もなく。


 再生することなく。


「なっ……!?」


 ガルドが目を見開いた。


 ルナリアも言葉を失う。


「倒した……?」


 違う。


 シオンには分かっていた。


 倒したのではない。


 吸収したのだ。


 怪物の中にあった絶望も、憎しみも、悲しみも。


 すべてが自分の内側へ流れ込んでくる。


 吐き気がした。


 頭が割れそうだった。


 それでも黒星晶は、そのすべてを受け止めていた。


 ヴォルグの瞳が揺れる。


 初めて見せる驚愕だった。


「黒星晶……。」


 低く呟く。


「やはり存在したか。」


 シオンは右腕を見る。


 紋章は以前より濃くなっていた。


 力が増している。


 しかし同時に、自分の何かが削られていくような感覚があった。


 ルナリアが叫ぶ。


「シオン! 無理しないで!」


「分かってる!」


 だが止まれない。


 目の前で人が死んでいる。


 敵も味方も関係なく。


 星喰いの眷属は、すべてを喰らおうとしていた。


 シオンは再び手を伸ばす。


 二体。


 三体。


 四体。


 怪物が次々と霧となって消えていく。


 だがそのたびに、誰かの絶望が流れ込む。


 誰かの後悔が流れ込む。


 誰かの悲鳴が聞こえる。


「まだ……いける……!」


 その時だった。


 空が割れた。


 バキィィィィン――。


 巨大なガラスが砕けるような音。


 誰もが空を見上げる。


 そこにあったのは、巨大な瞳だった。


 空を埋め尽くすほどの、赤い瞳。


 世界の外側から、こちらを見下ろしている。


 兵士たちは震え、ガルドは歯を食いしばり、ヴォルグでさえ表情を硬くした。


 本能が理解していた。


 あれこそが星喰い。


 本体。


 世界を滅ぼす存在。


 巨大な瞳が、ゆっくりとシオンを見つめる。


 そして、笑った。


『見つけた。』


 低い声が世界中へ響く。


 大地が軋む。


 空が震える。


『最後の観測者。』


 シオンの身体が凍り付いた。


「最後の……観測者?」


 聞いたことのない言葉。


 だが胸の奥が妙にざわつく。


 まるで、自分自身も知らない真実を呼ばれたようだった。


 星喰いは、それ以上語らなかった。


 満足したように闇の向こうへ消えていく。


 亀裂が閉じる。


 黒い月が薄れる。


 眷属たちも動きを止めた。


 一部は霧となって消え、一部は峡谷の闇へ逃げ去っていく。


 静寂が訪れる。


 誰も声を出せない。


 ただ一人、ヴォルグだけが空を見上げていた。


「始まったな……。」


 その声は、未来の破滅を知る者の声だった。


 シオンは右腕を握り締める。


 黒星晶が静かに脈打つ。


 最後の観測者。


 星喰い。


 黒星晶。


 世界崩壊。


 謎は、少しずつ繋がり始めていた。


 翌朝。


 ガルドはシオンとルナリアに告げた。


「ここに留まれば、次は確実に死ぬ。」


 そして、崩れかけた峡谷の向こうを見据える。


「向かうぞ。」


「世界樹都市アストレアへ。」


 世界の真実を知る者がいる場所。


 運命が待つ場所へ。


 シオンは空を見上げた。


 黒い月はもう見えない。


 だが確かに感じる。


 世界の終わりが、自分の名を呼び始めていることを。


 そして――。


 新たな旅が、始まろうとしていた。

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