「黒星王」
夜風が吹いていた。
終末の空の下。
世界樹アストレア最上部。
シオンは一人で立っていた。
空を見上げる。
巨大な亀裂。
その向こう側に存在する星喰い。
赤い瞳は相変わらず世界を見下ろしている。
だが不思議だった。
恐怖はない。
あるのは焦りだけだった。
守りたい。
ただその想いだけが胸を満たしていた。
黒星晶が静かに脈打つ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
心臓と同じリズム。
まるで何かを伝えようとしているようだった。
「眠れないか」
背後から声がした。
振り向く。
ノクスだった。
黒い外套を翻しながら歩いてくる。
星喰融合将。
かつて最強の敵だった男。
今は違う。
シオンは少しだけ笑う。
「お前もか」
ノクスは肩をすくめる。
「俺は昔から寝付きが悪い」
二人は並んで空を見上げる。
しばらく誰も喋らなかった。
静かな時間だった。
だが。
不思議と居心地は悪くない。
初めて会ったはずなのに。
ずっと昔から知っているような感覚。
それが二人の間にはあった。
ノクスが口を開く。
「思い出したよ」
シオンは視線を向ける。
「何を」
「少しだけな」
ノクスは苦笑した。
「全部じゃない」
「でも」
赤黒い瞳が空を見る。
「お前と約束したことだけは覚えてる」
シオンの胸がざわつく。
過去の記憶。
世界樹が見せた光景。
滅びゆく世界。
血塗れの仲間達。
そして。
笑うノクス。
断片的にしか思い出せない。
だが。
確かに存在した記憶。
「どんな約束だったんだ」
ノクスは少し考えた。
そして。
静かに笑う。
「最後まで諦めないって話だ」
短い言葉だった。
だが。
それだけで十分だった。
シオンらしい。
あまりにも。
「何回失敗しても」
ノクスが続ける。
「何回世界が滅んでも」
「お前だけは諦めなかった」
風が吹く。
終末の風。
冷たいはずなのに。
どこか懐かしい。
「だから俺は腹が立ってた」
ノクスは笑う。
「馬鹿みたいに立ち上がるからな」
シオンも笑った。
「お前に言われたくない」
「違いない」
二人は同時に笑う。
その瞬間だった。
黒星晶が激しく脈打つ。
ドクン――――!!
視界が揺れる。
世界が反転する。
シオンの脳裏へ記憶が流れ込む。
崩壊する空。
燃え盛る都市。
血に染まる世界樹。
その中心。
黒い翼を纏った自分が立っていた。
黒星王。
今より遥かに強大な力。
世界を書き換えるほどの力。
その前に。
ノクスがいた。
全身傷だらけで。
それでも笑っている。
『行け』
記憶の中のノクスが言う。
『今回も俺が止める』
『馬鹿言うな』
過去のシオンが叫ぶ。
『お前まで消えるぞ』
ノクスは笑う。
優しく。
どこか諦めたように。
『俺は何回でも死ねる』
その言葉に。
胸が締め付けられる。
『でもお前は違う』
世界が崩れていく。
終焉が迫る。
それでも。
ノクスは最後まで笑っていた。
『だから救え』
『シオン』
映像が砕ける。
現実へ戻る。
シオンは息を呑んだ。
額から汗が流れる。
隣を見る。
ノクスも同じ記憶を見ていた。
顔色が悪い。
だが。
その瞳には迷いがなかった。
「見たか」
シオンが聞く。
ノクスは静かに頷く。
「ああ」
短い返事。
それだけだった。
だが。
二人には十分だった。
言葉はいらない。
何度も共に戦った。
何度も失敗した。
何度も世界を救おうとした。
その記憶が少しずつ戻り始めている。
その時だった。
世界樹が再び揺れる。
ゴォォォォォォォォォ――――
空間が震える。
星喰いの瞳が大きく開く。
終焉が近付いている。
残された時間は少ない。
ノクスは大剣を肩へ担いだ。
「どうする」
シオンは空を見る。
赤い瞳。
崩壊する世界。
守りたい仲間達。
全てを見渡した。
そして。
静かに答える。
「決まってる」
黒星晶が輝く。
蒼黒い光が夜空を照らす。
「今回で終わらせる」
その言葉に。
ノクスは笑った。
初めて出会った時とは違う。
敵としてではない。
仲間として。
信頼する友として。
「なら」
ノクスは剣を抜く。
「最後まで付き合ってやる」
二人の視線が交差する。
何度滅んでも。
何度失敗しても。
繰り返してきた戦い。
だが今回は違う。
二人ともそう感じていた。
その頃。
少し離れた場所から。
ルナリアが静かにその姿を見つめていた。
胸元のペンダントを握りながら。
誰にも知られてはいけない秘密を抱えながら。
そして。
その瞳には。
決意と悲しみが同時に宿っていた。
終末の夜は。
静かに更けていく。
だが世界はまだ知らない。
この夜が。
彼らに残された最後の平穏になることを。




