「星喰いの影」
終焉は確実に近付いていた。
それはアストレアだけの問題ではない。
世界全体の問題だった。
空に走る亀裂はさらに広がり続ける。
一本ではない。
二本でもない。
無数の傷。
まるで世界そのものが砕け始めているようだった。
そして。
その亀裂の向こう側から覗く巨大な赤い瞳。
星喰い。
人類史上最悪の災厄。
その存在は何千年もの間、神話や伝承として語られてきた。
だが今は違う。
誰もが見ている。
誰もが感じている。
終焉は実在する。
その事実を。
ヴェリス帝国。
大陸北部最大の軍事国家。
帝都ヴァルハイトでは、数百万の人々が広場に集まっていた。
巨大な星晶モニターに映し出される空。
亀裂。
赤い瞳。
絶望。
誰も声を出せない。
老兵が呟く。
「戦争じゃない……」
その声は震えていた。
彼は生涯で幾度もの戦場を見てきた。
国家戦争。
魔物災害。
星晶暴走。
だが。
これは違う。
人間が相手ではない。
国でもない。
災害ですらない。
世界そのものが敵になっている。
皇帝ヴァルディウスは玉座から立ち上がる。
巨大な窓越しに空を見る。
鋼鉄の覇王と呼ばれる男ですら表情を失っていた。
「これが星喰いか……」
帝国軍総司令官が膝をつく。
「陛下」
「全軍出撃命令を」
だが。
皇帝は首を振った。
「無意味だ」
静かな声だった。
「兵士達を死なせるだけだ」
帝国最強の軍勢。
それすら無意味。
誰も反論できなかった。
イグニス王国。
炎の大地。
火山と星晶炉で栄えた国家。
王都フレイムガルドでは市民達が祈っていた。
神へ。
精霊へ。
星へ。
子供達は泣いている。
母親達は抱き締める。
騎士達は剣を握る。
だが。
誰も勝てるとは思っていなかった。
炎王バルガスは王城の最上階で空を見上げる。
燃えるような赤髪が揺れる。
「アストレアの連中はまだ戦っているのか」
側近が頷く。
「はい」
王は笑った。
豪快に。
「なら俺達も諦める訳にはいかんな」
それでも瞳の奥には恐怖があった。
人間である以上。
逃れられない恐怖が。
ウィンダリア連邦。
天空国家。
浮遊都市群で構成される風の国。
そこでは既に被害が始まっていた。
空間崩壊。
一つの浮遊島が消滅する。
悲鳴。
絶叫。
都市ごと空へ呑まれていく。
誰も助けられない。
ただ見ていることしかできない。
「世界が壊れている……」
議長エルフィーナは震える声で呟いた。
世界中で同じ光景が起きていた。
リベラ島嶼群。
砂海国家バルディア。
氷晶帝国ヴァルキア。
全ての国が終末を目撃していた。
そして。
その中心にいるのが。
アストレアだった。
世界樹最上部。
シオン達もまた空を見上げている。
誰も言葉を発しない。
必要なかった。
見れば分かる。
もう後戻りできない。
ノクスが空を睨む。
赤黒い瞳。
そこには憎しみではなく覚悟があった。
「本当に来やがったな」
低い声。
星喰い融合将。
かつて終焉の力を受け入れた男。
だからこそ分かる。
あれはまだ一部だ。
本体はもっと巨大で。
もっと深い。
もっと恐ろしい。
ガルドが大剣を肩に担ぐ。
「で?」
炎牙の戦士は笑う。
「殴ればいいんだろ」
アリアが呆れたように溜息をつく。
「単純ね」
「難しく考えるのは苦手なんだよ」
「知ってる」
短いやり取り。
それだけで少しだけ空気が和らぐ。
セラフィナも小さく口元を緩めた。
かつての彼女なら考えられないことだった。
エリナは弓を抱えながら空を見る。
翠色の瞳が揺れる。
「怖いね」
その言葉に。
誰も否定しなかった。
怖い。
当たり前だ。
終わりが目の前にある。
それでも。
誰も逃げない。
シオンが前へ出る。
黒星晶が静かに脈打つ。
彼は空を見上げた。
赤い瞳。
巨大な亀裂。
崩壊する世界。
そして。
恐怖に震える人々。
全てが見えていた。
「絶対に終わらせる」
小さな声だった。
だが。
全員に聞こえた。
シオンの決意。
最後まで抗う覚悟。
ルナリアはその横顔を見つめる。
優しい少年。
何度傷付いても立ち上がる少年。
誰よりも人を守ろうとする少年。
胸が締め付けられる。
だからこそ。
決意はさらに固まっていく。
もし本当に。
世界を救う方法が一つしかないなら。
その時は。
自分が選ぶ。
誰にも言わず。
誰にも止められず。
その未来を。
空の亀裂はさらに広がる。
星喰いの瞳がゆっくりと開く。
終焉はもう目の前まで来ていた。
そして世界は。
最後の夜へ向かって静かに沈み始めていた。




