「誰にも言えない秘密」
ルナリアが目を開く。
崩壊しかけた空。
世界樹アストレア。
終焉の気配。
全てが変わらずそこにあった。
だが。
彼女の中だけは大きく変わっていた。
最初の月の巫女。
セレネ。
月の民の使命。
世界再生装置。
そして。
自分自身の運命。
全てを知ってしまった。
知らなければ良かったとは思わない。
だが。
知った以上。
もう元には戻れなかった。
「ルナリア」
声がした。
振り返る。
シオンだった。
少し離れた場所から駆け寄ってくる。
黒い外套が風に揺れている。
その姿を見ただけで胸が痛くなる。
シオンは心配そうな顔をしていた。
「大丈夫か?」
ルナリアは笑う。
いつも通りに。
何も知らないように。
「大丈夫だよ」
嘘だった。
全然大丈夫じゃない。
今すぐ泣き出したかった。
全部話してしまいたかった。
でも。
言えなかった。
言えばシオンは必ず止める。
世界よりも自分を選ぶ。
そういう人だから。
だから。
言えない。
絶対に。
「顔色悪いぞ」
シオンが近付く。
ルナリアは慌てて視線を逸らした。
「ちょっと疲れただけ」
「本当に?」
「本当」
沈黙。
シオンは何かを感じ取ったようだった。
だが。
それ以上は聞かなかった。
聞けなかった。
彼もまた。
ルナリアが無理に笑っていることに気付いていたから。
「無茶するなよ」
その一言だけだった。
優しい声。
それだけで胸が苦しくなる。
「うん」
ルナリアは小さく頷いた。
それしかできなかった。
その様子を少し離れた場所から見ている者がいた。
ノクスだった。
黒い大剣を肩に担ぎながら静かに立っている。
彼は気付いていた。
ルナリアが何かを隠していることに。
そして。
シオンもまた何かを抱えていることに。
「似た者同士だな」
小さく呟く。
誰にも聞こえない声。
その時。
ガルドが豪快に笑った。
「おいおい暗い顔してんじゃねぇ!」
巨大な手でシオンの背中を叩く。
「ぐはっ!」
「まだ世界は終わってねぇぞ!」
アリアが呆れた顔をする。
「もう少し加減しなさいよ」
「元気出すにはこれが一番だろ」
「死ぬわよ」
「死なねぇよ」
くだらない言い合い。
だが。
誰もが少しだけ笑った。
終末の直前。
こんな時間は本来あり得ない。
それでも。
今だけは。
仲間としてそこにいた。
セラフィナも静かに見ていた。
かつて感情を失っていた少女。
教団の兵器として生きてきた少女。
そんな彼女にも分かる。
この空気がどれほど尊いものなのか。
失われたら二度と戻らないものなのか。
エリナは弓を抱えながら空を見上げた。
翠色の瞳が揺れる。
「綺麗じゃないね」
誰へ向けた言葉でもなかった。
崩れた空。
裂けた世界。
終焉の気配。
本来なら美しいはずの夜空はどこにもない。
レオニクスが苦笑する。
「昔は綺麗だった」
「知ってるの?」
「記録でな」
王子は静かに空を見上げた。
失われた時代。
消えた歴史。
もう戻らない景色。
その全てを思い出していた。
その時だった。
ゴォォォォォォォォォ――
世界が揺れる。
全員が空を見る。
亀裂がさらに広がっていた。
星喰いの瞳が大きくなる。
終焉は確実に近付いている。
残された時間は少ない。
誰もが理解していた。
次に戦いが始まれば。
誰かが死ぬ。
もしかすると全員が。
だからこそ。
この時間が愛しかった。
この時間が苦しかった。
ルナリアは静かに皆を見る。
シオン。
ノクス。
アリア。
ガルド。
セラフィナ。
エリナ。
レオニクス。
みんな笑っている。
みんな生きている。
守りたい。
心の底からそう思った。
たとえ。
自分が消えることになっても。
その時。
胸元のペンダントが小さく輝く。
セレネの声が響く。
『決める時が近いわ』
ルナリアは目を閉じる。
返事はしない。
必要なかった。
もう分かっている。
自分が何を選ぶのか。
何を守りたいのか。
だから。
誰にも気付かれないように。
静かに拳を握った。
その決意を知る者は誰もいない。
まだ。
シオンでさえも。
そして世界は。
終末へ向かってゆっくりと動き始めていた。




