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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE

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49/51

「月の巫女」

世界が軋んでいた。


空の亀裂はさらに広がり続けている。


星喰いの巨大な瞳は依然として世界を見下ろしていた。


誰もが恐怖していた。


誰もが終わりを感じていた。


だが。


その恐怖の中心で。


ルナリアだけは別の痛みと戦っていた。


胸元の月のペンダントが強く輝いている。


蒼白い光。


優しく。


温かく。


そして悲しい光だった。


ルナリアは静かに目を閉じる。


すると視界が白く染まった。


気が付くと。


彼女は再び花畑に立っていた。


満月が夜空を照らしている。


白い月花が風に揺れる。


静かな世界。


最初の月の巫女だけが待っていた。


セレネ。


銀髪の女性は優しく微笑む。


だが。


その表情には深い悲しみが宿っていた。


「また会えたわね」


ルナリアは小さく頷く。


「うん」


声が震えていた。


聞きたいことがある。


だが。


本当は聞きたくなかった。


答えを知ってしまうから。


セレネは全てを理解しているようだった。


「知りたいのね」


ルナリアは目を伏せる。


「私は何なの」


風が吹いた。


白い花々が揺れる。


長い沈黙。


そして。


セレネは静かに答えた。


「あなたは月の継承者」


その言葉は既に知っている。


だが。


本当に知りたいのはその先だった。


「それだけじゃない」


ルナリアが言う。


「もっとあるんでしょ」


セレネは悲しそうに微笑んだ。


そして。


ゆっくり頷く。


「そうね」


満月が揺れる。


世界が静まり返る。


「月の民は世界を守るために生まれた」


ルナリアは耳を傾ける。


「でも同時に」


セレネは空を見上げた。


「世界を終わらせるためにも存在している」


その言葉に。


ルナリアは拳を握った。


やはりそうだった。


どこかで分かっていた。


心の奥では。


ずっと。


「私が死ねば」


掠れた声。


セレネは目を閉じる。


そして。


小さく頷いた。


「世界再生装置は起動する」


沈黙。


花畑を風が吹き抜ける。


ルナリアは俯いた。


月花が涙で滲む。


「じゃあ私は」


声が震える。


「人間じゃないの?」


その問いに。


セレネはすぐに答えなかった。


ゆっくり近付く。


そして。


ルナリアの頭を優しく撫でた。


「違う」


温かい手だった。


母親のように。


「あなたは人間よ」


ルナリアの瞳が揺れる。


「だって私は」


「世界を救う装置じゃない」


セレネが言った。


「誰かを好きになった」


「誰かを守りたいと願った」


「誰かと笑いたいと思った」


蒼い瞳が真っ直ぐ向く。


「それは人間の心よ」


ルナリアの瞳から涙が零れ落ちる。


止まらなかった。


今までずっと怖かった。


自分が何者なのか。


自分が存在していていいのか。


分からなかった。


だが。


セレネは迷いなく言った。


「あなたはルナリア・セレス」


その名前が胸に響く。


「世界の鍵なんかじゃない」


「月の継承者なんかじゃない」


「あなた自身よ」


涙が溢れる。


泣きたくなかった。


強くなりたかった。


でも。


もう我慢できなかった。


「怖いよ……」


初めて本音を口にした。


「死にたくない」


震える声。


「みんなといたい」


「シオンと……」


言葉が止まる。


セレネは優しく微笑んだ。


「好きなのね」


ルナリアの顔が赤くなる。


だが否定できなかった。


沈黙が答えだった。


セレネは少しだけ笑う。


「良かった」


ルナリアが顔を上げる。


「何が?」


「あなたがちゃんと人間で」


月の巫女はそう言った。


そして。


その笑顔が少しだけ寂しく見えた。


ルナリアは気付く。


セレネもまた。


同じ選択をしたのだと。


世界を守るために。


愛する人を残して。


一人で。


「辛かった?」


ルナリアが聞く。


セレネは空を見上げた。


満月が輝いている。


そして。


少しだけ笑った。


「とても」


その一言だけで十分だった。


何千年も前の少女も。


同じように泣いたのだ。


同じように苦しんだのだ。


同じように愛したのだ。


ルナリアは唇を噛む。


涙を拭う。


そして。


静かに立ち上がった。


まだ答えは出ていない。


まだ決断もしていない。


だが。


一つだけ分かった。


逃げることはできない。


自分だけが知る真実から。


自分だけが背負う運命から。


その時だった。


花畑の空が揺れる。


世界が崩れ始める。


現実世界からの呼び声。


シオンの声だった。


「ルナリア!」


セレネが微笑む。


「行きなさい」


ルナリアは振り返る。


「また会える?」


セレネは少しだけ考えた。


そして。


優しく笑った。


「あなたが選んだ未来でね」


世界が光に包まれる。


花畑が消えていく。


最後に見えたのは。


満月の下で微笑む最初の月の巫女だった。


そして。


ルナリアは現実へ戻る。


アストレア。


崩れゆく空。


迫り来る終焉。


仲間達。


シオン。


全てがそこにあった。


だが。


ルナリアの瞳だけは変わっていた。


覚悟ではない。


諦めでもない。


それは。


大切なものを守るために前を向こうとする強さだった。


しかしその胸の奥には。


まだ誰にも言えない秘密が残っていた。


世界を救うために必要な。


あまりにも残酷な真実が。

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