「開かれた記録」
世界最古の記録が解放された。
その瞬間だった。
世界樹アストレアが咆哮する。
ゴォォォォォォォォォ――――
大地が震える。
空が揺れる。
海が逆巻く。
世界そのものが悲鳴を上げていた。
アストレア中の人々が空を見上げる。
世界樹の幹から無数の光が溢れ出していた。
蒼。
黄金。
黒。
三色の光。
それらは天へ昇りながら巨大な紋章を描いていく。
誰も見たことがない紋章だった。
古代文明の記録にも存在しない。
管理者の記録にも存在しない。
もっと以前。
世界が始まるより前から存在していた何か。
その痕跡だった。
レオニクスは息を呑んだ。
「これが……」
声が震える。
「最初の記録……」
管理者アーカイヴが反応する。
空間中に古代文字が浮かび上がった。
『記録解放確認』
『第一封印解除』
『観測者記録展開開始』
全員が息を呑む。
研究員達ですら言葉を失っていた。
管理者アーカイヴ。
世界最大の記録装置。
その中でも最深部。
管理者達が何千年も隠し続けてきた領域。
そこが今。
開こうとしている。
ゼノアの顔色が変わった。
「やめろ」
初めてだった。
命令ではない。
懇願だった。
「それだけは駄目だ」
だが止まらない。
世界樹は光り続ける。
記録は開き続ける。
何千年も封印されてきた真実が。
ゆっくりと世界へ解放され始めていた。
その時だった。
シオンの脳裏へ声が響く。
『見ろ』
静かな声。
聞いたことがある。
最初の観測者。
あの白い世界で出会った男だった。
『世界はまだ何も知らない』
世界が揺れる。
視界が歪む。
そして。
全員の前へ映像が現れた。
巨大な光の投影。
まるで世界そのものが記憶を再生しているようだった。
映し出されたのは。
今とは違う世界。
空は青かった。
大地は豊かだった。
都市は輝いていた。
人々は笑っていた。
誰も恐れていない。
誰も争っていない。
理想の時代。
だが。
次の瞬間。
全てが崩壊した。
空が裂ける。
大地が砕ける。
都市が消える。
人々が絶叫する。
世界の終わり。
最初の終焉。
その光景にルナリアが息を呑む。
「これが……」
セレネの記憶にも存在しない。
月の民が生まれるより前。
全ての始まり。
その真実だった。
映像の中心。
一人の青年が立っていた。
黒髪。
蒼い瞳。
シオンによく似ている。
最初の観測者。
彼は崩壊する世界を見上げながら。
ただ一言だけ呟いた。
『また間に合わなかった』
絶望だった。
何も救えなかった人間の顔だった。
その表情に。
なぜかシオンの胸が痛んだ。
まるで自分自身を見ているようで。
その時だった。
世界が再び大きく揺れる。
今度は映像ではない。
現実だった。
バキィィィィィィィィン――――!!
空が割れた。
誰もが見上げる。
世界の天蓋に巨大な亀裂が走っていた。
一本ではない。
二本でもない。
無数だ。
世界そのものが耐え切れなくなっている。
レオニクスが叫ぶ。
「まずい!」
研究員達が青ざめる。
「空間崩壊です!」
「終焉領域との境界が消えています!」
「侵食率急上昇!!」
空の向こう側。
漆黒の闇が広がっていた。
光が存在しない領域。
時間が存在しない領域。
命が存在しない領域。
世界の外側。
その奥で。
何かが動いた。
巨大な赤い瞳。
今まで見えていたものとは比較にならない。
あれは一部だった。
本当に存在していたのは。
もっと巨大な何か。
もっと恐ろしい何か。
その存在が。
ゆっくりとこちらを見た。
瞬間。
世界中の人々が膝をついた。
本能が理解する。
あれは見てはいけないものだと。
あれは存在してはいけないものだと。
ルナリアの胸元で月のペンダントが輝いた。
蒼白い光。
優しい光。
だが。
その光は震えていた。
まるで恐れているように。
その時。
セレネの声が響く。
『来たのね』
悲しそうな声だった。
ルナリアは胸を押さえる。
心臓が激しく脈打つ。
嫌な予感がしていた。
ずっと。
目を逸らしてきた答え。
自分だけが知っている真実。
その時が近付いている。
『ルナリア』
セレネが呼ぶ。
『もう逃げられない』
ルナリアは目を閉じた。
分かっている。
最初から。
月の継承者として生まれた時から。
自分が何のために存在するのか。
何を選ばなければならないのか。
全て。
分かっていた。
だから。
静かに頷く。
誰にも見えないように。
誰にも気付かれないように。
そして。
涙だけが一筋零れた。
空の亀裂はさらに広がっていく。
世界樹は警鐘を鳴らす。
管理者アーカイヴは警告を続ける。
そして。
星喰いはゆっくりと世界へ手を伸ばし始めていた。
世界終焉まで。
残された時間は。
もう僅かだった。




