「神の孤独」
「ゼノアが壊れる」
レオニクスの言葉が響いた。
その瞬間。
世界が震えた。
ゴォォォォォォォォォ――
天空神殿エデン。
世界再構築術式。
神化した管理者。
その全てが共鳴し始める。
黄金の光が空を埋め尽くしていた。
昼でも夜でもない。
世界全体が黄金色に染まる。
アストレアの人々は震えながら空を見上げていた。
世界中も同じだった。
ヴェリス帝国。
イグニス王国。
ウィンダリア連邦。
リベラ島嶼群。
誰もが見ていた。
管理者の真実を。
そして。
神と呼ばれた男の崩壊を。
ゼノアは空中に浮かんだまま動かない。
黄金の翼。
巨大な光輪。
神そのものの姿。
だが。
その表情は苦しみに歪んでいた。
「黙れ……」
小さな声。
誰に向けたものか分からない。
「黙れ」
もう一度。
その時だった。
世界中へ公開された記録が流れ続ける。
最初の文明。
崩壊。
再構築。
失われた歴史。
管理者達。
観測者達。
そして。
ゼノア自身の過去。
全てが暴かれていく。
若き日のゼノア。
まだ人間だった頃。
彼は笑っていた。
仲間がいた。
研究者達。
家族。
友人。
未来を語り合う仲間達。
世界を救う方法を探していた。
誰よりも真面目だった。
誰よりも優しかった。
だからこそ。
失った。
最初の終焉。
星喰いの襲来。
文明崩壊。
仲間達の死。
愛した人の死。
何も守れなかった。
その記憶が世界中へ流れる。
人々は黙って見ていた。
誰も笑わない。
誰も罵倒しない。
ただ見ている。
神ではない。
一人の人間の人生を。
「違う……」
ゼノアが呟く。
黄金の瞳が揺れる。
「違う」
記録は止まらない。
第二の世界。
第三の世界。
第十の世界。
百回目の世界。
千回目の世界。
何度も何度も。
彼は救おうとした。
何度も失敗した。
何度も世界は滅んだ。
何度も人々は死んだ。
その度に。
ゼノアは心を削った。
希望を失った。
そして。
最後には。
一つの答えへ辿り着いた。
管理。
自由を消す。
失敗を消す。
選択を消す。
人間を管理する。
それが最善だと。
信じ込むしかなかった。
ルナリアは胸を押さえた。
涙が溢れそうになる。
敵なのに。
許せないはずなのに。
痛みだけは理解できた。
セレネの記憶が語る。
月の民も同じだった。
守りたかった。
だから壊れた。
守ろうとした。
だから犠牲を選んだ。
それは悲しいほど人間らしかった。
「だからって」
シオンが前へ出る。
黒い星々が周囲を舞う。
「だからって全部決めていい理由にはならない」
ゼノアが顔を上げる。
その瞳には怒りも悲しみもあった。
「何が分かる」
低い声。
震えている。
「お前に何が分かる」
世界が震える。
神化した力が暴走する。
黄金の翼が膨れ上がる。
大気が裂ける。
空間が軋む。
それでも。
シオンは退かない。
「分からない」
即答だった。
全員が驚く。
だが。
シオンは続けた。
「俺はお前じゃない」
黒星晶が輝く。
「お前の苦しみ全部なんて分からない」
「失ったもの全部なんて分からない」
沈黙。
風が吹く。
「でも」
シオンは真っ直ぐ見つめる。
「一人で背負う苦しさなら知ってる」
その言葉に。
ノクスの瞳が揺れた。
ルナリアも。
アリアも。
ガルドも。
皆知っていた。
シオンがどれだけ抱え込んできたか。
どれだけ失ってきたか。
そして。
それでも立ち上がってきたことを。
ゼノアは黙っていた。
何も言わない。
だが。
身体は震えている。
神化した力。
管理者としての力。
そして。
人間としての感情。
その全てが衝突していた。
耐えきれない。
何千年も抑え込んできたものが。
今になって溢れ出している。
その時。
ノクスが前へ出た。
黒い大剣を肩へ担ぐ。
「なあ」
ゼノアが見る。
ノクスは笑った。
少しだけ。
「疲れたなら休めよ」
沈黙。
誰も予想しなかった言葉だった。
ノクスは続ける。
「全部背負おうとするから壊れるんだ」
シオンが苦笑する。
「お前が言うな」
「うるせぇ」
久しぶりだった。
こんな空気。
絶望の中なのに。
少しだけ笑える空気。
それが。
ゼノアには理解できなかった。
「休む……?」
掠れた声。
何千年ぶりだろう。
そんな言葉を聞いたのは。
管理者になってから。
誰も言わなかった。
神。
救世主。
支配者。
管理者。
そう呼ばれることはあっても。
休めと言われたことはなかった。
その瞬間だった。
ゴォォォォォォォォォ――
世界再構築術式が暴走する。
黄金の魔法陣が崩れ始める。
世界中の空が割れる。
レオニクスが叫んだ。
「まずい!」
研究員達も絶叫する。
「術式制御不能!」
「崩壊が始まる!」
「このままでは世界ごと!」
全員の顔色が変わる。
ゼノアだけの問題じゃない。
世界そのものが崩れ始めている。
ゼノアは空を見上げた。
崩れる術式。
暴走する力。
そして。
目の前の少年達。
何度も見たはずの光景。
だが。
何かが違う。
今までの世界と。
決定的に。
ルナリアがシオンの隣へ立つ。
ノクスも立つ。
アリア。
ガルド。
セラフィナ。
エリナ。
レオニクス。
全員が並ぶ。
誰も一人じゃない。
それは。
管理者が最後まで手に入れられなかったものだった。
ゼノアの瞳から。
一筋の涙が零れた。
本人すら気付かないまま。
神ではない。
管理者でもない。
ただの人間として。
天空神殿エデン最深部。
誰も知らない封印領域。
そこで。
最後の封印が解ける。
管理者アーカイヴが警告を発する。
古代文字が浮かび上がる。
世界最古の封印解除。
観測者権限承認。
最終記録解放。
レオニクスの顔色が変わる。
「そんな……」
震える声。
禁書にも記されていない存在。
全ての始まり。
世界最初の罪。
星喰い誕生の真実。
それが解放されようとしていた。
シオンは空を見上げる。
黒い星々が揺れる。
最初の観測者の言葉が蘇る。
『今回こそ終わらせろ』
その意味が。
ようやく分かり始めていた。
世界はまだ真実を知らない。
管理者の罪よりも深い罪を。
星喰いが生まれた本当の理由を。
そして。
世界最古の記録が開く。




