「最初の観測者」
世界樹が脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
まるで巨大な心臓だった。
アストレア全土が震えている。
世界再構築術式。
黒星王。
月の継承者。
星喰融合将。
三つの力の衝突によって、本来開いてはならない領域が開き始めていた。
レオニクスは顔色を失っていた。
「まさか……」
掠れた声。
「あり得ない」
世界樹の根元。
地下深く。
誰も立ち入ることを許されなかった最深部。
そこに封印されていた記録が目覚めようとしていた。
管理者ですら消せなかった記録。
世界最古の記憶。
そして。
全ての始まり。
その時だった。
ゴォォォォォォォ……
世界樹の幹に刻まれていた古代文字が発光する。
蒼い光。
黄金の光。
黒い光。
三つの輝きが絡み合いながら天へ昇っていく。
人々は空を見上げた。
誰も言葉を発せない。
何かが起きる。
本能だけがそう告げていた。
ゼノアの表情が初めて変わる。
明確な焦り。
黄金の瞳が細くなる。
「やめろ」
低い声。
今までとは違う。
命令ではない。
警告だった。
シオンが顔を上げる。
「何だよ」
ゼノアは世界樹を見ていた。
「開いてはならない」
「なぜ?」
シオンが問い返す。
沈黙。
そして。
ゼノアは静かに答えた。
「世界が知るべきではないからだ」
その言葉に。
レオニクスが震えた。
知っている。
禁書で読んだことがある。
だが。
ただの神話だと思っていた。
世界創世神話。
管理者誕生以前。
星晶文明以前。
さらに遥か昔。
誰も知らない最初の時代。
その中心にいた存在。
最初の観測者。
「そんな……」
レオニクスの声が震える。
「実在したのか……」
世界樹がさらに輝く。
蒼い光柱が天を貫く。
その瞬間。
シオンの視界が白く染まった。
世界が消える。
戦場が消える。
ゼノアも。
ルナリアも。
ノクスも。
全てが消えた。
気が付くと。
シオンは一人だった。
白い世界。
果てしなく広がる光の海。
上下もない。
時間もない。
ただ。
静寂だけが存在していた。
「ここは……」
答える者はいない。
だが。
一人だけ。
目の前に立っていた。
白い外套。
黒髪。
蒼い瞳。
年齢は二十歳前後。
どこか懐かしい顔。
そして。
どこか自分に似ていた。
男は微笑む。
「ようやく会えた」
シオンは目を細める。
「誰だ」
男は答えた。
静かに。
まるで当然のように。
「最初の観測者」
世界が止まる。
風もない。
音もない。
それでも。
その言葉だけは重く響いた。
シオンは言葉を失う。
男は笑った。
「そんな顔をするな」
「お前も同じだ」
「何だって?」
男は歩き出す。
白い海の上を。
その足跡に無数の景色が映し出される。
滅んだ世界。
崩壊した文明。
消えた都市。
失われた歴史。
シオンが見てきたもの。
いや。
それ以上だった。
「これ全部……」
「世界だ」
男は答える。
「失敗した世界」
シオンの背筋が凍る。
数が異常だった。
一つや二つじゃない。
何十。
何百。
何千。
無限に近い。
世界が滅んでいる。
「ふざけるな……」
シオンが拳を握る。
「何回繰り返してるんだ」
男は空を見上げた。
悲しそうに。
「数えるのをやめた」
静かな声。
その一言だけで。
どれだけの時間を過ごしたのか分かった。
シオンは息を呑む。
男は続ける。
「俺も最初は止めようとした」
世界が変わる。
映像。
若い観測者。
仲間達。
笑顔。
希望。
未来。
そして。
滅び。
「救えなかった」
男は呟く。
「何度も」
映像が崩れる。
絶望。
死。
終焉。
世界再構築。
繰り返し。
繰り返し。
繰り返し。
シオンは見ていた。
自分と同じだ。
いや。
もっと酷い。
この男は。
自分より遥かに長い時間。
世界の終わりを見続けている。
「じゃあ諦めたのか」
シオンが聞く。
男は笑う。
少しだけ。
「諦めてたら」
蒼い瞳が向く。
「お前は生まれてない」
沈黙。
その言葉に。
シオンの胸が震えた。
男は続ける。
「俺は失敗した」
「お前も失敗した」
「これからも失敗するかもしれない」
白い世界が揺れる。
そして。
男は初めて真剣な顔になった。
「でも」
その声は強かった。
「今のお前は違う」
シオンが顔を上げる。
男の視線が真っ直ぐ向く。
「お前には仲間がいる」
ルナリア。
ノクス。
アリア。
ガルド。
セラフィナ。
エリナ。
レオニクス。
全員の顔が浮かぶ。
男は頷く。
「それが答えだ」
シオンは黙っていた。
だが。
少しだけ分かった気がした。
なぜ自分がここまで来たのか。
なぜ何度失敗しても立ち上がれたのか。
一人じゃなかったからだ。
その時。
白い世界に亀裂が走る。
バキィィィィン!!
男の表情が変わる。
「時間だ」
「何?」
男は笑った。
今度はどこか嬉しそうに。
「ゼノアが気付いた」
シオンが振り返る。
世界が崩れ始める。
男は最後に言った。
「シオン」
その声だけが残る。
「今回こそ終わらせろ」
蒼い瞳。
優しい笑顔。
そして。
最後の言葉。
「俺達の世界を」
世界が砕ける。
光が弾ける。
そして。
シオンは現実へ戻った。
アストレア。
戦場。
世界樹。
ゼノア。
全てが元に戻る。
だが。
一つだけ違った。
シオンの瞳。
そこに宿る光が変わっていた。
ゼノアが息を呑む。
「まさか……」
信じられないものを見る顔。
管理者。
世界再構築者。
その男が初めて恐怖を見せた。
シオンは静かに拳を握る。
黒星晶が共鳴する。
世界樹が応える。
ルナリアの月光が輝く。
ノクスの力が重なる。
そして。
空の彼方。
世界再構築術式の中心に。
小さな亀裂が生まれた。
それは。
何千年も続いた運命が崩れ始める音だった。




