「忘れられた約束」
静寂だった。
アストレア上空。
黄金の翼を広げた管理者ゼノア。
漆黒の星々を纏う黒星王シオン。
二つの力がぶつかり合う寸前。
世界そのものが息を止めていた。
誰も動けない。
誰も声を出せない。
ただ圧倒されていた。
神に最も近い存在。
そして。
何度も世界の終焉を見届けてきた最後の観測者。
その二人が対峙している。
それだけで大気が震えていた。
世界樹が軋む。
大地が唸る。
空間そのものが悲鳴を上げている。
「終わりだ」
ゼノアが静かに告げる。
黄金の瞳。
感情はない。
あるのは結論だけだった。
「世界は再構築される」
「それが最善だ」
その声は世界中へ響く。
アストレアだけではない。
ヴェリス帝国。
イグニス王国。
ウィンダリア連邦。
リベラ島嶼群。
世界中の空に映る管理者の姿。
人々は震えながら見上げていた。
神の宣告。
そう思う者も少なくなかった。
だが。
シオンは違った。
「最善?」
黒い粒子が舞う。
その瞳に宿るのは怒りだった。
「誰かを勝手に消しておいて」
「最善だと?」
ゼノアは答える。
「犠牲は必要だ」
その言葉に。
ノクスの瞳が揺れた。
アリアの表情が歪む。
セラフィナが拳を握る。
誰もが聞いたことのある言葉だった。
教団はいつもそうだった。
犠牲。
秩序。
管理。
その言葉で全てを正当化する。
そして。
気付けば大切なものが奪われていた。
ゼノアは続ける。
「一人を救うために世界を危険へ晒すのか」
「世界を救うために一人を犠牲にするのか」
「答えは決まっている」
その言葉に。
シオンは静かに笑った。
「だからお前は分かってない」
ゼノアの眉が僅かに動く。
「何をだ」
シオンは前へ出る。
黒い星々が空へ広がる。
失われた記憶。
消された歴史。
忘れられた人々。
その全てが彼の背後に浮かび上がっていた。
「人は数字じゃない」
その言葉は重かった。
「世界を救うってのは」
「誰かを切り捨てることじゃない」
ルナリアが息を呑む。
ノクスが目を閉じる。
ガルドが笑う。
アリアも小さく頷いた。
それがシオンだった。
だから皆ここにいる。
だから皆ついてきた。
どれだけ無茶でも。
どれだけ馬鹿でも。
誰一人見捨てない。
それがシオン・アルヴィスという男だった。
その時。
黒星晶が脈打った。
ドクン。
世界が揺れる。
視界が白く染まる。
また記憶だ。
今度は今までと違う。
もっと深い。
もっと古い。
失われた世界の奥底。
シオンは見た。
崩壊する世界。
砕ける月。
泣いているルナリア。
血だらけのガルド。
膝をつくアリア。
倒れるセラフィナ。
燃えるアストレア。
そして。
自分の前に立つ一人の男。
ノクスだった。
今より若い。
今より優しい顔。
彼は笑っていた。
『お前は本当に馬鹿だな』
過去のノクスが言う。
シオンも笑う。
『知ってる』
『何回失敗したと思ってる』
『覚えてねぇ』
『俺は覚えてる』
ノクスが苦笑する。
『全部だ』
シオンの顔から笑みが消える。
過去のノクスは空を見る。
終わりゆく世界を。
『お前は何度も死んだ』
『何度も消えた』
『何度も世界を救った』
静かな声。
『でも誰も覚えてない』
その言葉に。
胸が痛んだ。
過去のノクスは続ける。
『だから今度こそ』
『俺が覚えてる』
世界が止まる。
その言葉だけが残った。
『絶対に忘れない』
記憶が砕ける。
現実へ戻る。
シオンは息を呑んだ。
ノクスを見る。
ノクスも同じ記憶を見ていた。
黒い瞳が震えている。
「思い出したのか」
シオンが聞く。
ノクスは静かに頷く。
「少しだけな」
声が掠れていた。
「でも」
拳を握る。
「約束だけは思い出した」
沈黙。
そして。
ノクスは笑う。
「今度は忘れない」
シオンも笑った。
短い。
だが確かな再会だった。
失われた友。
忘れられた仲間。
何度も世界に消された絆。
それが今。
ようやく繋がった。
だが。
その時間を管理者は許さない。
ゼノアの黄金の翼が広がる。
空が裂ける。
世界再構築術式が再起動を始める。
レオニクスの顔色が変わった。
「まずい!」
研究員達が叫ぶ。
「術式再展開!」
「エネルギー収束率九十%突破!」
「このままでは!」
世界が震える。
大陸規模の魔法陣が再び輝き始める。
ゼノアの瞳に迷いはない。
「ならば消えろ」
黄金の光が降り注ぐ。
神罰。
世界そのものを初期化する力。
その瞬間。
シオンとノクスは同時に前へ出た。
黒い光。
蒼黒い光。
二つの力が重なる。
ルナリアも翼を広げる。
月光が空へ舞う。
アリア。
ガルド。
セラフィナ。
エリナ。
レオニクス。
全員の力が一つへ集まる。
世界が震える。
黄金。
黒。
月光。
三つの光がぶつかる。
そして。
世界樹の奥底で。
何かが目覚めようとしていた。
まだ誰も知らない。
管理者アーカイヴですら予測していない存在。
世界最初の記憶。
最初の観測者。
全ての始まり。
その封印が。
静かに解かれ始めていた。




