「神に最も近い男」
黄金の光が夜空を裂いた。
アストレア全域が静まり返る。
誰もが空を見上げていた。
七つの星晶塔。
世界樹。
防衛艦隊。
教団軍。
全てが停止したかのような沈黙。
その中心で。
天空神殿エデンから放たれた光がゆっくりと降りてくる。
まるで神の降臨。
それを見た瞬間。
レオニクスの顔から血の気が引いた。
「まずい……」
誰よりも世界を知る男。
何百年もの記録を読み続けた男。
そんな彼が恐怖を隠せなかった。
ガルドが眉をひそめる。
「何だよ」
「そんなにやべぇのか」
レオニクスは答えなかった。
いや。
答えられなかった。
喉が渇く。
心臓が速くなる。
過去の記録。
失われた文明。
崩壊した世界。
その全てに共通して存在した男。
最高司祭。
ゼノア・エクリシア。
「……来るな」
思わず漏れた言葉。
しかし。
願いは届かない。
黄金の光が地上へ到達した。
静かに。
あまりにも静かに。
轟音すらない。
衝撃すらない。
ただ。
そこに現れた。
白銀の長髪。
純白の法衣。
黄金の瞳。
神の彫刻のような美しい顔立ち。
年齢不詳。
人間とは思えない存在感。
最高司祭ゼノア。
世界最大の宗教組織を支配する男。
人類史そのものを操り続けた存在。
その男が。
ついに戦場へ降り立った。
沈黙。
誰も動けない。
ガルドですら。
アリアですら。
セラフィナですら。
本能が理解していた。
勝てない。
そんな言葉すら生温い。
存在の格が違う。
同じ世界の生き物ではない。
ゼノアはゆっくりと周囲を見渡した。
アストレア。
世界樹。
黒星王。
月の継承者。
全てを確認するように。
そして。
微笑んだ。
「久しぶりだな」
静かな声。
だが。
その一言で空気が凍る。
シオンの瞳が揺れた。
久しぶり。
初対面のはずだった。
なのに。
その言葉には確かな実感があった。
ゼノアはシオンを見つめる。
黄金の瞳。
黒い瞳。
二つの視線が交差する。
その瞬間。
黒星晶が激しく脈動した。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
頭痛。
記憶。
世界の崩壊。
燃える空。
泣いているルナリア。
血に染まった仲間達。
そして。
目の前の男。
何度も。
何度も。
何度も。
現れていた。
「お前……」
シオンが息を呑む。
「知ってるのか」
ゼノアは微笑んだ。
「当然だ」
静かな声。
「私はお前を知っている」
レオニクスの顔色が変わる。
ガルドが大剣を握る。
アリアが殺気を放つ。
だが。
ゼノアは全く意に介さない。
「最後の観測者」
その言葉に。
世界が止まったような気がした。
シオンの瞳が揺れる。
ルナリアが息を呑む。
ノクスが顔を上げる。
ゼノアは続ける。
「何度繰り返したと思う?」
風が吹く。
黄金の法衣が揺れる。
「十回か」
「百回か」
「千回か」
誰も声を出せない。
理解できない。
だが。
ゼノアだけは確信していた。
「私は全て見てきた」
その言葉には嘘がなかった。
レオニクスでさえ知らない領域。
世界再生の真実。
その中心にいた男。
それがゼノアだった。
「お前は毎回同じだ」
黄金の瞳が細められる。
「世界を救おうとする」
「仲間を守ろうとする」
「最後には全てを失う」
シオンの拳が震えた。
なぜだ。
なぜその言葉がこんなにも胸を抉る。
知らないはずなのに。
聞いたこともないはずなのに。
全部本当だと分かる。
「そして」
ゼノアが静かに言う。
「毎回失敗する」
沈黙。
重い言葉だった。
だが。
その時。
ルナリアが前へ出た。
月光翼が広がる。
蒼白い光が夜空を照らす。
「違う」
初めてだった。
ルナリアがゼノアへ向かって言葉をぶつけたのは。
黄金の瞳が彼女を見る。
ルナリアは震えていた。
怖い。
圧倒的に怖い。
だが。
逃げない。
「今回は違う」
月光が強く輝く。
「私はいる」
シオンが振り向く。
ルナリアは真っ直ぐ前を見ていた。
「アリアも」
「ガルドも」
「エリナも」
「セラフィナも」
「ノクスだって」
その名前に。
ノクスの瞳が揺れた。
「誰も失わせない」
ルナリアの声は強かった。
セレネから受け継いだ意志。
月の継承者達の願い。
その全てがそこにあった。
ゼノアはしばらく彼女を見つめていた。
そして。
初めて笑みを消した。
「なるほど」
静かな声。
だが。
その瞳の奥には僅かな苛立ちがあった。
未来が変わり始めている。
それが気に入らない。
「ならば試そう」
黄金の光が広がる。
世界が震える。
地面が軋む。
大気が悲鳴を上げる。
その瞬間。
全員が理解した。
来る。
本物の戦いが。
今までの敵とは違う。
星喰いとも違う。
世界そのものを管理しようとする男。
最高司祭ゼノア。
その力が解放されようとしていた。
そして。
ノクスの胸の奥では。
失われた記憶がさらに暴れ始める。
黒髪の少年。
崩壊した世界。
そして。
自分が守れなかった約束。
「シオン……」
震える声。
その呟きを。
今度はシオンも確かに聞いた。
二人の運命が再び交差する。
世界の真実。
失われた記憶。
最後の観測者。
全てが繋がる時が近付いていた。




