終焉世界
シオンが再び剣を構えた、その瞬間だった。
終焉意思はゆっくりと両腕を広げる。
『愚かな命よ。』
『ならば見せよう。』
『お前達が守ろうとする世界の結末を。』
終焉の瞳が妖しく輝く。
神域を覆っていた景色が音もなく崩れ始めた。
契約樹。
神殿。
星々。
すべてが黒い粒子となり、世界は静かに闇へ沈んでいく。
「景色が……!」
ルナリアが息を呑む。
ノアは必死に演算を続けるが、魔法陣は次々と消滅していった。
「違います!」
「これは幻覚じゃない!」
「空間そのものを書き換えられています!」
気付けば七人は、果てしなく広がる灰色の世界へ立っていた。
空は存在しない。
大地も存在しない。
上下の感覚すら曖昧な、死んだ世界。
風は吹かない。
音もない。
命の気配だけが完全に消えていた。
『ここが終焉世界。』
終焉意思の声だけが響く。
『我が見続けてきた未来。』
『すべての命が終わった世界だ。』
シオンは周囲を見渡した。
「誰も……いない。」
『そう。』
『争いも。』
『涙も。』
『飢えも。』
『死もない。』
『完全な静寂。』
『これこそが救済。』
終焉意思は静かにシオンを見つめる。
『お前は何故、この世界を拒む。』
『誰も苦しまない。』
『誰も悲しまない。』
『何が不満だ。』
シオンはゆっくりとしゃがみ込み、灰色の大地へ手を触れた。
冷たい。
あまりにも冷たい。
そこには温もりが一つもなかった。
「……違う。」
シオンは静かに立ち上がる。
「これは世界じゃない。」
『何?』
「墓場だ。」
その一言で終焉意思の空気が変わる。
シオンはゆっくりと言葉を続けた。
「笑う人がいない。」
「泣く人もいない。」
「誰かを好きになる人も。」
「夢を見る人もいない。」
「そんな場所は。」
「世界とは呼べない。」
終焉意思は静かに首を傾げる。
『命は苦しむ。』
『それでも必要だと言うのか。』
「ああ。」
シオンは迷いなく頷いた。
「苦しいから助け合う。」
「悲しいから涙を流す。」
「失うから大切にできる。」
「全部ひっくるめて。」
「命なんだ。」
終焉意思は沈黙した。
すると灰色の世界がゆっくりと揺れ始める。
「シオン!」
ルナリアが叫ぶ。
周囲へ無数の人影が現れ始めた。
老人。
子供。
戦士。
母親。
世界中の人々だった。
しかし全員が目を閉じ、まるで魂を失った人形のように立ち尽くしている。
イヴは震える声を漏らす。
「この人達……。」
「終焉に消された世界の住人です。」
終焉意思は静かに答える。
『彼らは眠っている。』
『苦しまない。』
『それで十分だ。』
その時、一人の小さな少女がシオンの前へ歩いてきた。
まだ五歳ほどの子供だった。
少女はゆっくりとシオンを見上げる。
「……お兄ちゃん。」
か細い声だった。
シオンは驚いて膝をつく。
「君は。」
少女は小さな花を握り締めていた。
「お母さんに。」
「また会いたい。」
その言葉を聞いた瞬間、終焉意思の表情が初めて大きく揺らぐ。
『違う。』
『その記憶は消したはずだ。』
少女は涙を流しながら続ける。
「苦しくてもいい。」
「寂しくてもいい。」
「もう一回だけ。」
「お母さんに会いたい。」
その願いは小さかった。
世界を救いたいわけじゃない。
誰かを倒したいわけでもない。
ただ、大好きな母親へもう一度会いたい。
それだけだった。
その瞬間。
灰色だった終焉世界の片隅へ、小さな花が一輪だけ咲いた。
ノルンが静かに微笑む。
「希望です。」
「命は消えても。」
「願いまでは消えない。」
終焉意思は後ろへ一歩下がる。
『あり得ない。』
『終焉世界で。』
『命が……。』
シオンは少女へ微笑み返す。
「待ってて。」
「必ず、お母さんのいる未来を取り戻す。」
少女は涙を拭き、小さく頷いた。
その笑顔を見た瞬間、灰色だった世界へ二輪、三輪と花が咲き始める。
終焉世界が、ゆっくりと色を取り戻していく。
終焉意思は初めて焦りを見せた。
『やめろ。』
『希望を広げるな。』
『ここは終わりの世界だ。』
シオンはエクリプス・ブレイドを握り締める。
「違う。」
「ここも。」
「まだ終わってない。」
その言葉と共に七色の光が終焉世界を照らし始めた。
絶望しか存在しなかった世界で。
初めて、小さな希望の花が咲いた。




