届かぬ一撃
《エクリプス・ブレイド》。
七色の光を宿したその剣が神域を照らした瞬間、終焉意思は初めて一歩だけ後退した。
『……その剣。』
『その力は存在してはならない。』
感情のない声だった。
しかし、その奥には確かな警戒があった。
シオンは剣を静かに構える。
「ようやく怖くなったか。」
『恐怖ではない。』
『その剣は契約の外側にある。』
『故に予測できない。』
始祖契約者は小さく頷いた。
「そうだ。」
「エクリプス・ブレイドは創世でも契約でも終焉でもない。」
「命が未来を選び続ける限り生まれる、希望そのものだ。」
その言葉を聞いた終焉意思は黒い翼を大きく広げた。
神域全体へ終焉文字が浮かび上がる。
『危険度更新。』
『希望の継承者を最優先対象と認定。』
『殲滅を開始する。』
次の瞬間、終焉意思の姿が消えた。
「来る!」
レオニクスが叫ぶ。
しかし誰の目にも映らない。
それほどの速度だった。
だが、シオンだけは違った。
黄金の左目が静かに輝く。
世界の流れ。
法則の揺らぎ。
終焉の意思。
すべてが一本の線となって視界へ映る。
「そこだ!」
シオンは振り返ることなく剣を振る。
ギィィィィィンッ!!
激しい金属音が神域へ響いた。
終焉意思の黒い腕とエクリプス・ブレイドが真正面から激突する。
「受け止めた!」
ヴォルグが思わず叫ぶ。
終焉意思もわずかに目を細めた。
『観測しているのか。』
「違う。」
シオンは剣を押し込みながら答える。
「感じてる。」
「お前がどこへ行こうとしてるか。」
終焉意思の身体が揺らぐ。
「ノクティス。」
シオンは静かに呼び掛けた。
「聞こえてるんだろ。」
黒い身体の奥で、小さな蒼い光が一瞬だけ明滅する。
『黙れ。』
終焉意思が低く唸る。
「まだいる。」
「お前は終焉なんかに負けてない。」
『黙れッ!!』
終焉意思は左腕を振るい、黒い衝撃波を放つ。
シオンは後方へ跳び、衝撃を回避した。
衝撃波は神域の壁へ直撃する。
轟音と共に壁が消え、その向こうに広がっていた三つの世界が光となって砕け散った。
ノアが青ざめる。
「第七十三世界!」
「消滅しました!」
ルクスも必死に演算を続ける。
「終焉の一撃一撃で世界そのものが削られています!」
「時間がありません!」
シオンは終焉意思を見据えた。
このまま戦いが長引けば、それだけで世界は滅ぶ。
だからこそ、一瞬で決めなければならない。
胸の七色の紋章が強く輝く。
エクリプス・ブレイドも呼応するように光を増していく。
「これで決める。」
シオンは地面を蹴った。
終焉意思も同時に動く。
二人の姿が神域から消えた。
残されたのは、何千何万という衝突音だけ。
ギィンッ!
ガァァン!!
ズガァァァン!!!
空間そのものが砕け、契約樹の周囲へ無数の亀裂が走る。
レオニクス達でさえ、二人の動きを目で追うことができない。
「速すぎる……。」
アリアが息を呑む。
「これが神を超えた戦い……。」
次の瞬間。
シオンは終焉意思の懐へ潜り込み、エクリプス・ブレイドを胸へ突き立てた。
「届けぇぇぇぇぇっ!!」
七色の光が黒い身体を貫く。
終焉意思の胸を覆う終焉の核へ、大きな亀裂が刻まれた。
「やった!」
ルナリアの声が響く。
亀裂の奥から、蒼い光が大きく溢れ出す。
「ノクティス!」
シオンは右手を伸ばした。
あと少し。
あと数センチで届く。
その時だった。
終焉意思の口元が、静かに笑った。
『惜しかった。』
その一言と共に、終焉の核は黒く脈動する。
ドクン――。
刻まれていた亀裂が、一瞬で修復された。
シオンは目を見開く。
「そんな……。」
終焉意思は静かにシオンの胸へ手を当てる。
『希望は届いた。』
『だが。』
『まだ覚悟が足りない。』
『お前は救うことだけを望んでいる。』
『まだ何も捨てる覚悟がない。』
その言葉と同時に、黒い衝撃がシオンの身体を吹き飛ばした。
轟音と共に神域の大地へ叩きつけられる。
ルナリアが駆け寄る。
「シオン!」
シオンは咳き込みながら立ち上がる。
終焉意思の言葉が胸へ刺さっていた。
確かに、自分は誰も失いたくない。
誰も犠牲にしたくない。
その想いは変わらない。
だが、その覚悟だけで本当に終焉を超えられるのか。
初めて、シオンの心に小さな迷いが生まれていた。




