神を超える剣
終焉意思の黒い翼がゆっくりと広がる。
六枚だった翼は八枚へ増え、その一枚一枚が神域の法則を侵食していく。
『最優先抹消対象。』
『希望の継承者、シオン・アルヴィス。』
『排除を開始する。』
低く響く声と同時に、終焉意思の姿が消えた。
「速い!」
レオニクスが叫ぶ。
だが次の瞬間には、終焉意思はシオンの背後へ立っていた。
黒い手刀が静かに振り下ろされる。
「シオン!!」
ルナリアの叫びと同時に、シオンは反射的に身体を捻った。
ザァァッ――!!
右肩が深く裂かれる。
鮮血が宙を舞った。
「ぐっ……!」
激痛が走る。
だが、それ以上に異常だったのは傷口だった。
血が流れない。
肉も再生しない。
傷付いた部分だけが、黒く消え始めていた。
イヴが青ざめる。
「駄目です!」
「あの傷は治癒できません!」
「存在ごと削られてる!」
終焉意思は感情のない瞳でシオンを見下ろす。
『脆い。』
『希望とは、この程度か。』
シオンは痛みを堪えながら剣を握り直した。
「……まだだ。」
胸の七色の紋章が淡く輝く。
生命結晶が傷口へ共鳴し、黒く侵食された部分がゆっくりと光を取り戻していく。
終焉意思が初めて動きを止めた。
『修復……?』
『終焉を拒絶した。』
始祖契約者が静かに微笑む。
「生命結晶が選んだか。」
「やはり。」
「希望は終焉に侵されない。」
シオンは大きく息を吐く。
「これなら戦える。」
そう呟くと、静かに目を閉じた。
アダムから継承した観測の力。
エインから託された未来。
アストラから受け継いだ契約。
ノクティスを救うという約束。
すべてを胸へ刻み込む。
ドクン――。
七色の紋章が鼓動と重なる。
その瞬間。
シオンの視界が変わった。
終焉意思の動きが止まって見える。
黒い粒子の流れ。
法則の歪み。
終焉の力が集まる一点。
すべてが見えた。
「見える……。」
シオンは静かに呟く。
「終焉の流れが。」
始祖契約者は驚いたように目を見開く。
「まさか。」
「完全観測。」
アストラも息を呑む。
「創世神すら完成できなかった能力を。」
「シオンが……。」
終焉意思は静かに右手を構えた。
『危険対象。』
『即時排除。』
神域の空間が裂ける。
無数の黒い剣が出現した。
一本一本が世界を滅ぼせるほどの終焉を宿している。
『終焉権限。』
『第三段階。』
『――《アポカリプス》。』
数万本の黒い剣が、一斉にシオンへ向かって放たれた。
「来る!」
ヴォルグが飛び出そうとする。
しかしシオンは左手を上げて制した。
「大丈夫。」
静かな声だった。
次の瞬間。
シオンは前へ踏み出す。
一歩。
二歩。
三歩。
神速。
いや、それすら超えた。
「なっ!」
レオニクスが息を呑む。
シオンは数万本の終焉の剣を、紙一重で避け続けていた。
無駄な動きが一切ない。
まるで未来を知っているようだった。
『解析不能。』
終焉意思の声が初めて乱れる。
『何故見える。』
シオンは静かに答えた。
「未来を見てるんじゃない。」
「お前の心を見てる。」
終焉意思の動きが止まる。
「お前は本当は殺したくない。」
「ノクティスが抵抗してる。」
「だから攻撃が迷ってる。」
『違う。』
「違わない。」
シオンは一気に距離を詰める。
「ノクティス!」
「聞こえるなら答えろ!」
終焉意思の身体が大きく揺れた。
胸の奥。
黒い核の中で、小さな蒼い光が一瞬だけ強く輝く。
「やっぱりいる。」
シオンは笑った。
「待ってろ。」
「今、助ける。」
終焉意思が苦しそうに頭を押さえる。
『黙れ……。』
『黙れ……!』
『その名を呼ぶなァァァァァ!!』
神域を揺るがす咆哮。
黒い終焉が暴走し始める。
しかしその暴走は、終焉が焦っている証でもあった。
シオンは剣を強く握る。
「もう少しだ。」
「ノクティスまで届く。」
その瞬間。
シオンの黒星晶の剣が、七色の光を纏い始める。
蒼。
黄金。
白銀。
翠。
紅。
紫。
そして純白。
七つの光が一つへ重なり、黒星晶の剣はまったく新しい姿へ変化した。
始祖契約者は、その剣を見て静かに涙を流す。
「完成した……。」
「創世神エインが。」
「最後まで創れなかった剣。」
アストラも震える声で呟く。
「神殺しの剣ではない。」
「神すら救う剣。」
シオンは新たな剣を静かに構えた。
その刃は終焉を斬るためではない。
絶望を断ち切り、希望へ繋ぐための剣。
その名を、始祖契約者は静かに告げた。
「《エクリプス・ブレイド》。」
希望の継承者だけが辿り着ける、神をも超える最後の剣だった。




