「最後の観測者」
「黒星王を抹殺せよ」
「月の継承者を確保せよ」
「必要であれば世界を滅ぼして構わない」
最高司祭ゼノアの命令は、重く、冷たく、絶対だった。
玉座の間を支配する沈黙。
七星将達は頭を垂れている。
誰一人として逆らわない。
逆らえない。
それがエクリプス教団だった。
だが、その頃。
アストレア地下深く。
中央研究院最下層作戦室では、別の真実が語られようとしていた。
重苦しい空気が流れている。
誰も言葉を発しない。
巨大な円卓を囲みながら、全員が同じことを考えていた。
ここから先の戦いは今までとは違う。
世界そのものが敵になる。
その現実が、じわじわと全員の心を締め付けていた。
シオンは腕を組んだまま黙っている。
ルナリアは隣で静かに座っていた。
アリアは壁際に寄り掛かりながら目を閉じている。
セラフィナはまだどこか落ち着かない様子だった。
ガルドだけが腕を組みながら天井を見上げている。
そして。
レオニクスがゆっくりと立ち上がった。
その表情は今までで一番重かった。
「話さなければならないことがある」
誰も口を挟まない。
レオニクスは静かに星晶演算機へ手を置いた。
青い光が広がる。
空中に巨大な映像が浮かび上がった。
それは世界地図だった。
だが現在の地図ではない。
見たこともない大陸。
見たこともない文明。
見たこともない都市。
エリナが目を見開く。
「なにこれ……」
レオニクスは答えた。
「前の世界だ」
静寂。
全員が息を呑む。
前の世界。
その言葉だけで空気が変わった。
シオンの胸が脈打つ。
ドクン。
黒星晶が反応している。
まるでこの話を知っているかのように。
レオニクスは続けた。
「今から話すことは禁書にも記されていない」
「教団すら知らない真実だ」
映像が変わる。
巨大な都市。
空を覆う飛空要塞。
今の文明を遥かに超える技術。
人々は笑っている。
平和そうだった。
だが。
次の瞬間。
空が裂けた。
巨大な赤い瞳。
星喰い。
世界が悲鳴を上げる。
文明は崩壊した。
都市は消えた。
海は蒸発した。
大陸は砕けた。
ルナリアが息を呑む。
第二章で見た光景。
だが今回は違う。
もっと鮮明だった。
もっと現実だった。
「これが一度目の終焉」
レオニクスが静かに言う。
映像は続く。
二度目。
三度目。
四度目。
五度目。
何度も。
何度も。
文明は生まれ。
発展し。
そして滅んでいく。
誰も声を出せなかった。
絶望だった。
人類は勝てていない。
一度も。
一度たりとも。
「じゃあ……」
エリナが震える声で言う。
「結局全部滅んでるってこと?」
レオニクスは頷いた。
「そうだ」
その答えは残酷だった。
ガルドが舌打ちする。
「笑えねぇ話だな」
だが。
レオニクスは首を横に振った。
「違う」
全員が彼を見る。
レオニクスの瞳がシオンへ向いた。
「一度だけ例外があった」
空気が止まる。
シオンの胸が大きく脈打った。
ドクン――
映像が変わる。
崩壊した世界。
燃える空。
砕けた大地。
そして。
その中心に立つ一人の少年。
黒髪。
蒼い瞳。
血だらけの身体。
全身に黒い光を纏っている。
誰が見ても分かった。
シオンだった。
いや。
シオンでありシオンではない。
別の世界のシオン。
最後の観測者。
黒星王。
ルナリアが思わず立ち上がる。
「シオン……」
映像の中の少年は傷だらけだった。
立っていることすら奇跡に見える。
それでも前を向いている。
その先には星喰い。
世界の終焉。
絶対に勝てないはずの存在。
だが。
少年は戦っていた。
一人で。
世界の全てを背負うように。
レオニクスが静かに言う。
「唯一成功した世界だ」
沈黙。
誰も理解できない。
シオン自身も。
「成功……?」
掠れた声。
レオニクスは頷いた。
「お前は星喰いを退けた」
その瞬間。
シオンの頭に激痛が走る。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
記憶が流れ込む。
知らないはずの記憶。
だが確かに自分のもの。
泣いているルナリア。
笑っているガルド。
アリア。
エリナ。
仲間達。
そして。
自分。
「ぐっ……!」
頭を押さえる。
苦しい。
視界が揺れる。
だが止まらない。
記憶はさらに流れ込んでくる。
最後の戦い。
星喰い。
崩壊する世界。
そして。
自分が何かを選ぶ瞬間。
「思い出せ……ない……」
シオンの声が震える。
あと少しなのに。
届きそうなのに。
何かが欠けている。
レオニクスはそんなシオンを見つめながら続けた。
「だが代償があった」
その言葉に全員が顔を上げる。
レオニクスの表情は暗かった。
重かった。
「お前は世界を救った」
静かな声。
「だが」
一拍。
「世界法則を書き換えた」
ルナリアの瞳が揺れる。
アリアも顔を上げる。
セラフィナが息を呑む。
誰も意味を理解できない。
レオニクスは続けた。
「世界は救われた」
「人類は生き残った」
「文明も続いた」
それは本来なら英雄譚だ。
称賛されるべき話だ。
だが。
レオニクスは苦しそうに目を閉じた。
「その代わり」
沈黙。
そして。
最も残酷な真実を告げた。
「誰もお前を覚えていない世界になった」
静寂。
誰も動けない。
シオンも。
ルナリアも。
アリアも。
言葉を失っていた。
シオンの胸が締め付けられる。
理由は分からない。
だが。
その言葉がどうしようもなく悲しかった。
涙が出そうになるほど。
苦しかった。
まるで本当に失ったように。
ルナリアも同じだった。
胸が痛む。
知らないはずなのに。
その光景を見たことがないはずなのに。
なぜか泣きそうになる。
なぜか。
どうしようもなく悲しい。
「そんなの……」
ルナリアが呟く。
「そんなの酷すぎるよ……」
その言葉に。
シオンは初めて顔を上げた。
そして気付く。
なぜ自分が最後の観測者と呼ばれるのか。
なぜ黒星晶が自分を選んだのか。
なぜ世界が自分を恐れるのか。
その答えが。
少しずつ見え始めていた。
そして同時に。
天空神殿エデンでは。
星喰融合将ノクス・ヴァーミリオンが静かに立ち上がる。
彼の脳裏にもまた。
同じ少年の姿が浮かんでいた。
黒髪。
蒼い瞳。
そして。
懐かしい笑顔。
「……シオン」
誰にも聞こえない声。
失われた記憶の欠片が。
静かに動き始めていた。




