希望を継ぐ者
終焉は、静かに笑っていた。
その姿はノクティスの身体を覆い尽くし、黒い結晶は胸から肩、首、そして頬へと広がっていく。
「……っ!」
ノクティスは苦しそうに膝をつき、必死に終焉を抑え込もうとしていた。
「出て……くるな。」
「まだ……私は。」
『無駄だ。』
終焉の声が重なる。
『お前の心は、もう砕けている。』
『違う……。』
『何億年も世界の悲鳴を聞き続けた。』
『何億回も絶望した。』
『それでも耐えてきた。』
『だからこそ、お前は最高の器になった。』
黒い結晶がさらに広がる。
神域の床がひび割れ、契約樹から黄金の葉が舞い落ちた。
その葉が地面へ触れた瞬間、光となって消えていく。
世界そのものが、終焉へ呑み込まれ始めていた。
⸻
シオンはゆっくりと剣を下ろした。
「シオン?」
ルナリアが驚いたように声を上げる。
「何してるの!」
「戦わない。」
静かな返事だった。
ヴォルグが眉をひそめる。
「おい、あいつは今にも暴走するぞ!」
「分かってる。」
「だから助ける。」
シオンは一歩、また一歩とノクティスへ歩いていく。
終焉の瘴気が肌を焼く。
呼吸をするたび肺が軋み、視界が黒く染まる。
それでも足は止まらない。
『来るな。』
終焉が低く唸る。
『近付けば、お前も器になる。』
「ならない。」
『何故言い切れる。』
「俺は一人じゃないから。」
その言葉に終焉は一瞬だけ沈黙した。
シオンは振り返る。
そこにはルナリア達がいた。
ルナリアは涙を浮かべながら、それでも笑っている。
レオニクスは折れた剣を握ったまま頷いた。
ヴォルグは大剣を肩へ担ぎ、豪快に笑う。
アリアは双剣を回しながら小さく肩をすくめた。
ノアとルクスは創世術式を展開し続けている。
イヴとリーヴァも祈るように両手を重ねていた。
「みんながいる。」
シオンは再びノクティスを見る。
「だから俺は、お前みたいにはならない。」
その言葉は、終焉ではなくノクティスへ向けられていた。
ノクティスは苦しそうに顔を上げる。
赤く染まりかけた瞳の奥で、わずかに本来の蒼い光が揺れる。
「……シオン。」
「聞こえるか。」
「来るな。」
「俺に構うな。」
「世界を……。」
「守れ。」
シオンは首を横へ振った。
「違う。」
「世界だけ守って、お前を失うなら意味がない。」
ノクティスは苦しそうに笑った。
「エインも。」
「同じことを言っていた。」
「でも。」
「最後は私を止められなかった。」
「だから今度は俺が止める。」
「救う。」
その言葉に、ノクティスの瞳が大きく揺れる。
⸻
終焉は不快そうに低く笑った。
『理解できぬ。』
『何故、そこまで他者へ執着する。』
『我なら救える。』
『苦しみも。』
『悲しみも。』
『死も。』
『すべて終わらせればいい。』
「それは救いじゃない。」
シオンは真っ直ぐ答える。
「逃げることだ。」
『違う。』
『終わりは安らぎだ。』
『苦しみのない世界だ。』
「笑顔もない世界だろ。」
終焉は言葉を失った。
シオンは静かに続ける。
「悲しいことがある。」
「苦しいこともある。」
「それでも。」
「誰かと笑えるから、生きていたいって思える。」
「それが命だ。」
終焉の黒い霧が大きく揺らぐ。
ノクティスの身体を包む結晶に、小さな亀裂が走った。
パキッ。
ノルンが目を見開く。
「終焉が……。」
「揺らいでいる。」
アストラも驚きを隠せなかった。
「言葉だけで。」
「終焉の精神世界へ干渉しているのか。」
始祖契約者は苦しそうに微笑んだ。
「違う。」
「希望が届いている。」
⸻
シオンはノクティスの目の前まで歩み寄った。
あと一歩。
その距離で立ち止まる。
終焉は怒りを露わにする。
『近付くな!!』
黒い腕がシオンへ襲い掛かった。
しかし、その瞬間。
ルナリアの月光がシオンの背中を照らす。
「シオン!」
レオニクスが叫ぶ。
「行け!」
ヴォルグが咆哮する。
「ぶっ飛ばして連れて帰れ!」
仲間達の声が重なる。
その声を聞いたシオンは微笑んだ。
「聞こえたか。」
「ノクティス。」
「これが仲間だ。」
「一人で背負わなくていい。」
「一緒に苦しめ。」
「一緒に笑え。」
「それでいいんだ。」
その言葉と共に、シオンは右手をゆっくり差し出した。
「帰ろう。」
「ノクティス。」
「今度は、お前も一緒に。」
ノクティスは震える手をゆっくり持ち上げる。
あと少し。
あと指先が触れるだけ。
その時――
『黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
終焉が絶叫した。
神域全体を震わせる咆哮と共に、黒い結晶が一気に弾け飛ぶ。
ノクティスの身体は完全に終焉へ呑み込まれ、漆黒の繭が神域を覆い尽くした。
始祖契約者はその姿を見つめながら、静かに呟く。
「始まったか……。」
「最後の絶望が。」
漆黒の繭の奥から、今までとは比べものにならない神威が溢れ出す。
終焉はついに、自らの完全な姿を現そうとしていた。




