終焉の正体
神域を覆っていた黄金の光が、ゆっくりと消えていく。
膝をつく始祖契約者の身体は、胸元から光の粒子となって崩れ始めていた。
誰の目にも明らかだった。
この傷は治らない。
契約そのものを傷つけられたのだ。
「始祖様!」
アストラが駆け寄ろうとする。
しかし始祖契約者は静かに右手を上げ、それを制した。
「来るな。」
「まだ……終焉が残っている。」
その声は弱々しい。
それでも、その眼差しだけは最後まで揺るがなかった。
ノクティスは静かに始祖契約者を見つめている。
勝者でありながら、その表情に喜びはない。
「……君と戦うのは、これで最後だったな。」
始祖契約者は苦笑した。
「勝ったのに。」
「そんな顔をするな。」
「私は。」
「一度も勝ちたいなんて思ったことはない。」
ノクティスは小さく目を伏せた。
「知っている。」
「だから苦しい。」
二人の会話を聞きながら、シオンは違和感を覚えていた。
敵同士の会話ではない。
何億年もの時を共に歩いた友との、最後の別れのようだった。
「ノクティス。」
シオンは静かに口を開く。
「お前は、本当に終焉神なのか。」
ノクティスはゆっくりとシオンへ視線を向ける。
「……どういう意味だ。」
「お前からは、終焉を楽しんでる感じがしない。」
「世界を壊したい奴の目じゃない。」
「ずっと。」
「何かから逃げようとしてる目だ。」
神域が静まり返る。
カインが驚いたようにシオンを見る。
アストラも目を見開いていた。
ノクティスだけが、小さく笑う。
「さすがだ。」
「そこまで見抜くとは。」
彼は静かに自分の胸へ手を当てた。
「なら見せよう。」
「終焉神の正体を。」
その瞬間、ノクティスの身体から黒い霧が立ち上る。
しかし、その霧は彼の身体から生まれているのではなかった。
身体の内側から溢れ出していた。
「……なっ。」
シオンは息を呑む。
ノクティスは苦しそうに眉をしかめる。
「これが。」
「私の正体だ。」
黒い霧は次第に人の形を取り始める。
ノクティスの背後へ、巨大な影が立ち上がった。
角のように伸びた黒い結晶。
無数の赤い瞳。
人とも獣ともつかない異形。
その姿を見た瞬間、イヴが震えた。
「違う……。」
「終焉神じゃない。」
「終焉そのもの……!」
ノルンが静かに頷く。
「そう。」
「ノクティスは終焉神ではない。」
「終焉に寄生された器だ。」
「寄生……?」
ルナリアが呟く。
始祖契約者は苦しそうに頷いた。
「終焉は。」
「最初から意思を持っていたわけじゃない。」
「何億年もの孤独。」
「何億年もの悲しみ。」
「その負の感情が集まり、一つの意思になった。」
「それが。」
「今、お前達が見ている終焉だ。」
黒い影は不気味に笑った。
『ようやく。』
『ようやく話せる。』
その声はノクティスのものではない。
もっと低く。
もっと冷たい。
存在するだけで世界が軋むような声だった。
シオンは剣を構える。
「お前が……。」
『我に名はない。』
『命は我を終焉と呼ぶ。』
『神々は我を災厄と呼んだ。』
『だが本当の我は。』
影はゆっくりとノクティスの肩へ手を置く。
『この哀れな男が生み出した絶望だ。』
ノクティスは苦しそうに歯を食いしばる。
「……黙れ。」
『何故否定する。』
『世界を終わらせたいと願ったのは、お前だ。』
『違う!』
ノクティスが初めて叫ぶ。
神域が大きく震えた。
「私は!」
「苦しみを終わらせたかっただけだ!」
『だから我は生まれた。』
『お前の願いから。』
『お前の涙から。』
『お前の絶望から。』
『我は、お前自身だ。』
その言葉に、ノクティスの身体が大きく揺れる。
黒い結晶が腕を覆い、瞳が赤黒く染まり始めた。
「ぐっ……!」
彼は頭を押さえ、その場へ膝をつく。
「また……。」
「始まるのか。」
影は嬉しそうに笑う。
『もう終わりだ。』
『器は限界だ。』
『お前はよく耐えた。』
『あとは我が、世界を終わらせよう。』
始祖契約者は残された力を振り絞り、シオンの肩を掴んだ。
「シオン……。」
「聞け。」
「もう。」
「ノクティスだけと戦う相手ではない。」
シオンは真っ直ぐ始祖契約者を見る。
「どうすればいい。」
始祖契約者は静かに答えた。
「終焉を倒すだけでは駄目だ。」
「ノクティスを救え。」
「終焉は。」
「宿主を失えば消える。」
「だが。」
「宿主ごと倒せば。」
「新しい器を探す。」
シオンはゆっくりと拳を握った。
その時、黒い影が神域全体へ咆哮を響かせる。
『希望の継承者よ。』
『我を救うというのか。』
『なら見せてみろ。』
『絶望すら救えるという、その希望を――。』
影が完全にノクティスの身体を包み込み始める。
終焉神との戦いは終わった。
ここから始まるのは――
「終焉」そのものとの戦いだった。




