始祖の敗北
「終焉解放――《ラグナ・フィニス》。」
ノクティスが静かに右手を振り下ろした。
その瞬間だった。
神域から音が消える。
風も、鼓動も、呼吸さえも止まり、世界そのものが静止した。
次の刹那――
一本の黒い線が、シオンへ向かって伸びる。
速くない。
眩しくもない。
それでも、その一撃を見た全員が理解した。
避けられない。
「シオンッ!!」
ルナリアの叫びが響く。
レオニクスは反射的に飛び出した。
白銀の剣へ全魔力を込め、一撃を受け止めようとする。
「間に合えぇぇぇ!!」
だが。
カキン――。
剣が触れた瞬間、白銀の刃は音もなく消えた。
砕けたのではない。
折れたのでもない。
存在そのものが消滅した。
「なっ……!」
レオニクスは目を見開く。
自慢の神剣が、跡形もなく消えている。
続いてヴォルグが雄叫びを上げながら飛び込んだ。
「だったら俺が止める!!」
血晶を全身へ纏い、大剣を振り抜く。
都市すら断ち割る一撃。
しかし、その刃も黒い線へ触れた瞬間――
シュゥ……。
血晶が砂のように崩れ始めた。
「ぐっ……!」
ヴォルグは咄嗟に飛び退く。
あと一瞬遅ければ、自分の腕まで消えていた。
ノアとルクスは同時に叫ぶ。
「創世障壁、最大展開!」
「世界樹術式、全開放!」
何百枚もの魔法陣が重なり合い、シオンの前へ巨大な光の壁を形成する。
だが。
パリン――。
一枚目が消える。
二枚目。
三枚目。
数百枚あった障壁が、まるで紙のように一瞬で消滅していく。
「嘘だろ……。」
ノアの声が震えた。
「防御じゃない。」
「術式そのものが存在を否定されてる。」
ルクスは唇を噛み締める。
「こんなの……。」
「止められません!」
シオンは迫り来る黒い線を見つめた。
不思議と恐怖はなかった。
ただ一つだけ分かった。
あれは攻撃ではない。
世界という物語へ、「終わり」を書き込む法則そのものだった。
⸻
その時だった。
「そこまでだ。」
静かな声が神域へ響く。
始祖契約者がシオンの前へ歩み出る。
「始祖様!」
アストラが叫ぶ。
しかし始祖契約者は振り返らない。
ただ静かにノクティスを見つめる。
「また、この力を使うのか。」
ノクティスは苦しそうに目を伏せた。
「退いてくれ。」
「君だけは消したくない。」
「無理だ。」
始祖契約者は穏やかに笑う。
「この子は、私達が何億年待ち続けた希望だ。」
「なら尚更だ。」
ノクティスの声が少しだけ震える。
「希望がある限り、人は苦しみ続ける。」
「違う。」
始祖契約者は首を横へ振る。
「希望があるから、人は立ち上がれる。」
「……。」
「それを。」
始祖契約者は優しく笑った。
「私は、この子から教わった。」
そう言って、シオンへ振り返る。
「少しだけ。」
「時間を稼ぐ。」
「始祖様!」
シオンは思わず叫ぶ。
「駄目です!」
「あなたじゃ!」
「いや。」
始祖契約者は静かに微笑む。
「だからこそ。」
「私がやる。」
彼は両手をゆっくり広げた。
契約樹が黄金色に輝く。
世界中へ繋がる光の糸が一斉に彼の身体へ集まり始めた。
アストラは顔色を失う。
「やめてください!」
「その術は!」
「知っている。」
始祖契約者は静かに頷く。
「契約神が使えば、存在そのものを失う。」
「ですが!」
「もう十分生きた。」
その言葉に、誰も何も言えなかった。
始祖契約者はシオンへ微笑む。
「エインに。」
「アダムに。」
「君という未来を見せてくれてありがとう、と伝えてくれ。」
「自分で伝えてください!」
シオンは叫ぶ。
「まだ終わってない!」
「終わらせません!」
「だから!」
始祖契約者は嬉しそうに笑った。
「本当に。」
「優しい子だ。」
次の瞬間、彼は右手を掲げた。
「創世契約――《オリジン・エデン》。」
黄金の光が神域を埋め尽くす。
創世神。
契約神。
観測者。
そのすべてを超える、始まりの力。
黄金と漆黒。
二つの法則が真正面から衝突した。
ゴォォォォォォォォォォォォン――――!!!
神域全体が崩壊するほどの衝撃。
ルナリア達は吹き飛ばされ、契約樹すら大きく軋む。
光が晴れた時――
始祖契約者は、片膝をついていた。
胸には黒い亀裂が走り、その身体は少しずつ光の粒子へ変わり始めている。
ノクティスもまた、初めて一歩後ろへ下がっていた。
「……やはり。」
彼は苦しそうに呟く。
「君は。」
「最後まで強かった。」
始祖契約者は微笑みながら首を振る。
「違う。」
「私では。」
「もう勝てない。」
その言葉は、神域にいる全員を絶望させた。
世界最初の存在。
すべての神々の始祖。
その始祖契約者ですら――
終焉神ノクティスには勝てなかった。
そしてシオンは、その光景を見つめながら静かに拳を握る。
戦うべき相手の強さを、初めて心の底から理解した。




