滅びの意思
「だからこそ。」
「私は君を倒さなければならない。」
ノクティスの声は、最後まで穏やかだった。
怒りも憎しみもない。
ただ、自分が歩むべき道を告げるような静かな決意だけがあった。
その瞬間、神域の空気が一変する。
終焉の力が黒い霧となって広がり、契約樹から伸びる無数の光の糸をゆっくりと飲み込み始めた。
一本、また一本と世界との繋がりが失われていく。
ノアは慌てて魔法陣を展開する。
「まずい! 世界との接続が切断されています!」
ルクスも次々と術式を書き換えながら叫ぶ。
「第百二十一世界との接続消失!」
「第二百八世界も反応がありません!」
「このままでは第五百世界まで巻き込まれます!」
ルナリアは月光魔法を展開し、黒い霧を押し返そうとする。
しかし、淡い銀色の光は霧へ触れた瞬間、まるで吸い込まれるように消えてしまった。
「そんな……魔法が効かない。」
「違う。」
アストラが低く呟く。
「あれは魔法で消しているんじゃない。」
「存在そのものを終わらせている。」
その一言に、誰もが息を呑んだ。
⸻
シオンはゆっくりと剣を構える。
黒星晶の剣が蒼く輝き、胸に刻まれた七色の紋章が共鳴する。
「ノクティス。」
「一つだけ聞かせてくれ。」
ノクティスは静かに頷いた。
「何だ。」
「本当に他の方法はなかったのか。」
「エインやアダムと、一緒に探すことはできなかったのか。」
その問いに、ノクティスは少しだけ悲しそうに笑った。
「探したよ。」
「何度も。」
「何万回も。」
彼は契約樹へ手を伸ばす。
その掌へ、一枚の光景が映し出された。
そこには若き日のエインとノクティスがいた。
二人は夜空の下で語り合っている。
『絶対に方法はある。』
エインは笑いながら拳を握る。
『命も、終焉も、どっちも救える未来を俺は諦めない。』
ノクティスは苦笑する。
『相変わらず無茶を言うな。』
『無茶じゃない。』
『まだ見つかってないだけだ。』
映像は変わる。
今度はアダムが加わっていた。
何千冊もの書物に囲まれ、三人は昼も夜もなく議論を続けている。
契約を書き換える方法。
終焉を眠らせる方法。
命だけを守る方法。
どれも失敗だった。
また映像が変わる。
今度はカインもいる。
四人は契約樹の前で激しく言い争っていた。
『もう限界なんだ!』
ノクティスが叫ぶ。
『世界が増えるたびに苦しみも増えていく!』
『それでも命は生きたいって願う!』
エインも負けじと叫び返す。
『その願いを俺は見捨てられない!』
『じゃあ答えを出せ!』
ノクティスの声は震えていた。
『誰も泣かない方法を教えてくれ!』
誰も答えられなかった。
アダムは俯き、アストラは目を閉じる。
長い沈黙のあと、ノクティスは静かに背を向けた。
『……分かった。』
『君達にはできない。』
『なら、私がやる。』
そこで映像は途切れた。
神域へ静寂が戻る。
ルナリアは涙を浮かべながら呟く。
「そんな……。」
「ずっと一人で背負ってきたんだ。」
「違う。」
ノクティスは静かに首を横へ振る。
「最初は一人じゃなかった。」
「でも、気付けば誰も隣にいなくなっていた。」
シオンはその言葉を聞き、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
それは、かつて自分が世界から忘れ去られた時の孤独と、どこか似ていた。
「だから、お前は間違えた。」
シオンは静かに言う。
ノクティスは驚いたように顔を上げる。
「何?」
「一人で答えを出した。」
「仲間を信じるのをやめた。」
「それがお前の負けだ。」
その言葉に、ノクティスは何も返さなかった。
代わりに、静かに目を閉じる。
「……そうかもしれない。」
「でも。」
再び目を開いた時、その瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。
「もう戻れない。」
「私は終焉そのものになった。」
「ここで止まれば。」
「終焉は暴走し、すべてを飲み込む。」
「なら。」
シオンは剣先を真っ直ぐノクティスへ向けた。
「お前ごと救う。」
その一言に、神域の空気が止まった。
ヴォルグが思わず笑う。
「はっ……。」
「やっぱり言いやがった。」
レオニクスも小さく口元を緩める。
「それでこそ、お前だ。」
ルナリアは涙を拭いながら微笑んだ。
「シオンなら、そう言うと思った。」
ノクティスは静かに笑った。
その笑顔は、どこかエインを思い出させる優しいものだった。
「……君達は、本当に変わらない。」
「だからこそ。」
「私は本気で終わらせる。」
彼が右手をゆっくり掲げた瞬間、神域の上空に巨大な黒い紋章が浮かび上がる。
契約文字でも、創世文字でもない。
それは世界が生まれる以前から存在する、“終焉の原典”。
その紋章が完成した瞬間、始祖契約者の表情が一変した。
「シオン!」
「避けろ!」
しかし、その警告よりも早く――
ノクティスの指先が静かに振り下ろされた。
「終焉解放――《ラグナ・フィニス》。」
世界そのものを終わらせる一撃が、希望の継承者シオンへ向かって放たれた。




