終焉を生んだ者
ゴォォォォォォォォォォ――――ッ!!
契約樹の中心から噴き上がった黒い光は、神域の天井を突き破り、無数の世界へ伸びていく。
その瞬間、第零世界だけではない。
第五百世界、セレスティア、そして滅びを待つすべての世界で、空が一瞬だけ漆黒へ染まった。
神域の床が大きく揺れる。
契約樹は苦しむように軋み、その根元から黒い亀裂が幾重にも走っていた。
ノルンは険しい表情のまま、契約樹へ手を伸ばす。
「抑え込めない……。」
「契約樹そのものが拒絶している。」
シオンは剣を握り直した。
「始祖契約者って何なんだ。」
答えたのはアストラだった。
彼はゆっくりと前へ歩き出ると、契約樹を見上げながら静かに口を開く。
「契約神という役目が生まれるより前。」
「まだ世界も法則も存在しなかった頃、一人だけ契約を結んだ存在がいた。」
ルナリアが息を呑む。
「世界より前に……契約?」
「そうだ。」
アストラは頷く。
「何もない虚無の中で、最初に『存在したい』と願った意思。」
「その願いが契約となり、世界の始まりになった。」
リーヴァは小さく目を伏せる。
「だから……始祖契約者。」
「世界そのものの始まり。」
「その通り。」
オルフェウスの声は重かった。
「だが、その存在は長く眠り続けていた。」
「契約が完全だったからだ。」
「しかし今。」
彼はカインへ視線を向ける。
「第二契約。」
「契約樹への干渉。」
「生命の核の共鳴。」
「すべてが重なったことで封印が解けた。」
カインは苦しそうに目を閉じる。
「……私の責任だ。」
「違う。」
アストラは静かに首を横へ振る。
「私も止められなかった。」
「アダムも。」
「エインも。」
「誰一人、この結末は予測できなかった。」
その時だった。
契約樹の中心がゆっくりと裂け始める。
バキッ――。
一本だった幹が左右へ割れ、その奥から黒い棺が姿を現した。
高さは十メートルほど。
棺には鎖が幾重にも巻き付いている。
一本一本へ刻まれた文字は、見ただけで胸が苦しくなるほど古い契約文字だった。
イヴが震える声で呟く。
「封印の棺……。」
「兄さんが言っていた。」
「絶対に開いてはいけないって。」
ノルンは静かに頷く。
「創世神エイン。」
「観測者アダム。」
「契約神アストラ。」
「三人が命を削って封じた最後の契約。」
「それが、この棺だ。」
シオンは棺から目を離せない。
鼓動が速くなる。
胸に刻まれた七色の紋章が、まるで棺へ引き寄せられるように輝いていた。
「何だ……。」
「この感覚。」
「懐かしい……?」
自分でも意味が分からなかった。
初めて見るはずの棺なのに、どこかで知っている気がする。
その違和感を見抜いたように、カインが静かに口を開く。
「当然だ。」
「君は、その契約から生まれた存在だから。」
「……何?」
シオンの動きが止まる。
「どういう意味だ。」
カインはゆっくりとシオンへ歩み寄る。
「エインは生命の核を未来へ託した。」
「その未来とは。」
「ただ時間の先ではない。」
「契約そのものを超える可能性。」
「それが君だ。」
「俺が……契約から?」
「そう。」
カインは静かに頷いた。
「君は人間として生まれた。」
「だが、その魂だけは違う。」
「始祖契約者へ唯一干渉できる魂。」
「だから。」
「契約樹は君を選び続けた。」
神域へ重苦しい沈黙が流れる。
ルナリアは信じられないという表情でシオンを見つめた。
「シオン……。」
シオン自身も何も言えなかった。
胸の奥で何かが目覚めようとしている。
七色の紋章が、今までにない輝きを放ち始めた。
その時。
ガシャン――。
棺を縛る一本目の鎖が音を立てて砕けた。
続けて二本。
三本。
四本。
古代文字が次々と消え、封印が崩れていく。
「まずい!」
アストラが叫ぶ。
「全員下がれ!」
ヴォルグは咄嗟にルナリア達の前へ立ち、大剣を構える。
レオニクスも白銀の剣を抜き放つ。
ノアとルクスは最大出力の創世術式を展開した。
しかし。
誰一人として封印の崩壊を止められない。
ノルンは静かに目を閉じた。
「もう止められない。」
「始祖契約者は目覚める。」
最後の鎖が砕け散る。
轟音と共に棺の蓋がゆっくりと開き始めた。
そこから溢れ出したのは闇ではなかった。
眩しいほど純白の光。
世界が生まれた、その瞬間と同じ光だった。
その光の中から、一つの人影がゆっくりと立ち上がる。
誰も顔を見ることができない。
光が強すぎる。
ただ一つだけ分かった。
その人物は、静かにシオンだけを見つめていた。
そして、初めて言葉を紡ぐ。
「……ようやく会えた。」
「私の――」
「最後の希望。」
その声を聞いた瞬間、シオンの脳裏で創世神エイン、アダム、アストラ、そしてカインの記憶が一つに重なった。
世界誕生から隠され続けた、すべての真実が明かされようとしていた。




