シオンと契約神
ドクン――。
神域全体が脈打った。
契約樹の根元から現れた巨大な瞳は、ゆっくりとシオンを見つめている。
その視線を受けた瞬間、シオンの胸に刻まれた《創世の継承印》が激しく輝き始めた。
黄金と蒼の光が身体を包み、神域そのものが共鳴する。
「シオン!」
ルナリアが駆け寄ろうとした、その時だった。
ブワッ――。
見えない壁が七人を押し返す。
「きゃっ!」
ルナリアはレオニクスに支えられ、辛うじて体勢を立て直した。
「結界……!」
ノアが術式を展開するが、魔法陣は触れた瞬間に霧散する。
「解析できない……。」
「法則そのものが違います。」
アストラは静かに目を閉じた。
「契約樹が、シオンだけを選んだ。」
「ここから先は、誰も介入できない。」
シオンの足元へ、黄金の紋様が幾重にも広がっていく。
まるで一本の道ができるように、その光は契約樹の根元まで続いていた。
巨大な瞳は瞬き一つせず、ただ彼を見つめている。
「……行ってくる。」
シオンは仲間達を振り返る。
ルナリアは不安そうな表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
「帰ってきて。」
「約束だよ。」
シオンは微笑み返した。
「ああ。」
「約束する。」
⸻
一歩。
また一歩。
契約樹へ近付くたび、周囲の景色が変わっていく。
星々は光の粒となり、時間の流れさえ曖昧になっていく。
やがてシオンは契約樹の根元へ辿り着いた。
巨大な瞳は静かに閉じる。
すると契約樹の幹が音もなく左右へ割れ、その中から一人の人物が姿を現した。
純白の衣。
長い銀髪。
年齢は二十歳ほどにしか見えない。
その姿には、不思議と男にも女にも見える中性的な美しさがあった。
しかし、その瞳だけは空虚だった。
感情が一切映っていない。
「……。」
シオンは静かに剣へ手を添える。
その人物はゆっくりと微笑んだ。
「警戒しなくていい。」
「私は敵ではない。」
「じゃあ誰なんだ。」
「私は契約樹の意思。」
「この世界が生まれた瞬間から、ここで契約を見届けてきた存在。」
シオンは眉をひそめる。
「名前は。」
「名前はない。」
「昔、エインだけが私をこう呼んでいた。」
少しだけ懐かしそうに目を細める。
「ノルン。」
「ノルン……。」
「好きに呼べばいい。」
ノルンは穏やかに笑う。
「君へ渡すものがある。」
そう言うと、ノルンは両手を差し出した。
その掌には、小さな結晶が浮かんでいる。
七色に輝く、美しい結晶だった。
イヴが遠くから目を見開く。
「まさか……。」
「生命結晶。」
リーヴァも驚きを隠せない。
「契約樹の心臓。」
ノルンは静かに頷く。
「その通り。」
「世界が始まって以来、一度も誰にも渡されなかった。」
「君が最初だ。」
シオンは結晶を見つめる。
「これを受け取ればどうなる。」
「契約者になれる。」
「……。」
「だが同時に。」
「人ではなくなる。」
神域が静まり返る。
その言葉は、アダムが歩んだ道を思い出させた。
ノルンは続ける。
「エインは受け取らなかった。」
「アダムも拒んだ。」
「アストラは返した。」
「君はどうする。」
シオンは結晶へ手を伸ばしかける。
しかし、その手は途中で止まった。
「一つ聞きたい。」
「何だ。」
「人じゃなくなったら。」
「仲間を守れるのか。」
ノルンは少しだけ考え、静かに答えた。
「守れる。」
「だが、同じ景色は見えなくなる。」
「笑っても。」
「泣いても。」
「心は少しずつ離れていく。」
「それでも世界は守れる。」
シオンは苦笑した。
「それじゃ意味がない。」
ノルンが初めて表情を変える。
「なぜ。」
「世界は人が生きる場所だ。」
シオンは迷いなく答えた。
「人を捨てて守る世界なんて、俺はいらない。」
「……。」
ノルンはしばらくシオンを見つめていた。
やがて、小さく笑う。
その笑みはどこか嬉しそうだった。
「やはり。」
「エインは間違っていなかった。」
「何の話だ。」
「彼は言っていた。」
ノルンは静かにシオンへ歩み寄る。
「『未来には、契約より命を選ぶ少年が生まれる』と。」
その瞬間。
生命結晶がひとりでに浮かび上がる。
誰も触れていない。
それでも結晶はゆっくりとシオンの胸へ吸い込まれていった。
「なっ……!」
《創世の継承印》が七色へ変化する。
黄金。
蒼。
紅。
白銀。
翠。
紫。
漆黒。
七つの光が一つとなり、新たな紋章が胸へ刻まれた。
ノルンは静かに頷く。
「契約は成立しなかった。」
「だが。」
「継承は完了した。」
「継承?」
「今日から君は。」
「創世神でも。」
「契約神でもない。」
「世界で初めての存在。」
「希望の継承者だ。」
その言葉が響いた瞬間――
契約樹の最深部から轟音が鳴り響く。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
巨大な瞳が苦しむように歪み、神域全体が激しく揺れ始めた。
ノルンの表情が初めて険しくなる。
「しまった……。」
「間に合わなかった。」
「何が!」
シオンが叫ぶ。
ノルンは契約樹の奥を見つめたまま、低く呟いた。
「彼が目覚める。」
「世界で最初に。」
「契約へ名を刻んだ存在が。」
その瞬間、契約樹の中心から、黒い光が天を裂くように噴き上がった。
神域を揺るがすほどの圧倒的な神威。
その気配を感じたアストラは、顔色を失って立ち尽くく。
「そんな……。」
「始祖契約者が……。」
「復活した。」
神話は、ついに最終局面へ突入した。




