世界を創った罪
「――救ってくれ。」
その言葉を最後に、白い世界は砕け散った。
シオンの意識は神域へ引き戻される。
契約樹の前。
アストラ、イヴ、リーヴァ、仲間達が心配そうに彼を見つめていた。
「シオン!」
ルナリアが駆け寄り、その肩を支える。
「大丈夫!? 急に動かなくなったから……。」
シオンはゆっくりと目を開いた。
黄金の左目には、まだエインの記憶が焼き付いている。
「ああ……。」
「全部、見てきた。」
その声は、今までより少しだけ重かった。
アストラはシオンの表情を見るだけで悟ったように目を閉じる。
「……彼に会ったんだね。」
「エインから全部聞いた。」
シオンは静かに立ち上がり、真っ直ぐカインを見つめた。
「お前が世界を憎んでるわけじゃないことも。」
「契約を壊したい理由も。」
「全部聞いた。」
カインは少しだけ目を細めた。
「そうか。」
「なら、私を止める理由もなくなったはずだ。」
「いや。」
シオンは首を横へ振る。
「止める。」
その一言に、神域の空気が張り詰めた。
カインは静かに笑う。
「なぜ?」
「エインは私を救えと言ったんだろう?」
「そうだ。」
「だから止める。」
「……面白い答えだ。」
カインは契約樹へ背を向け、ゆっくりと歩き始めた。
「シオン。」
「君は知っているか。」
「世界には、誰にも語られなかった罪がある。」
神域の景色が揺らぐ。
契約樹の周囲へ、数万年前の光景が映し出された。
創世以前。
まだ何も存在しない白い世界。
六人の創世者が円を描くように立っている。
エイン。
アダム。
アストラ。
イヴ。
オルフェウス。
そしてカイン。
皆、笑っていた。
「これが……。」
ルナリアは息を呑む。
「本当の創世神話。」
映像の中で、六人は一つの光球を囲んでいる。
それはまだ小さな世界の種だった。
エインが笑いながら言う。
『これが育ったら、どんな世界になるかな。』
イヴは嬉しそうに頷く。
『いっぱい花を咲かせたい!』
アダムは本を片手に苦笑する。
『まず法則を決めろ。』
『また後先考えてないだろ。』
『細かいなぁ。』
エインが笑う。
その隣で、カインも静かに微笑んでいた。
『きっと美しい世界になる。』
『誰も泣かない世界を創ろう。』
その笑顔には偽りがなかった。
神域の誰もが、その光景へ見入っていた。
しかし。
ある日を境に、映像は変わる。
生まれたばかりの第一世界。
そこで、一人の少女が息絶えた。
病だった。
世界で最初の死。
その小さな亡骸を抱き締めるカインが映る。
『……どうして。』
『どうして死ぬんだ。』
エインは何も答えられない。
アストラも。
アダムも。
誰一人、命を救えなかった。
カインは震える手で少女の頬へ触れる。
『こんな世界なら。』
『創らなければ良かった。』
その言葉が、すべての始まりだった。
映像は次々と流れる。
第二世界。
第三世界。
第四世界。
滅びる文明。
戦争。
飢餓。
疫病。
何度世界を創り直しても、人々は苦しみ、愛する者を失っていく。
そのたびにカインは泣いていた。
誰よりも苦しみ。
誰よりも絶望していた。
やがて映像は止まる。
現在の神域へ戻る。
カインは静かにシオンを見つめた。
「分かっただろう。」
「私は世界を壊したいんじゃない。」
「苦しみを終わらせたいだけだ。」
「誰も泣かない世界。」
「誰も失わない世界。」
「そのためには。」
「命という仕組みそのものを終わらせるしかない。」
神域へ静寂が落ちる。
その考えは歪んでいる。
だが、その始まりは誰かを憎んだからではなかった。
誰かを愛してしまったからだった。
シオンはゆっくりと剣を鞘へ納める。
その行動にヴォルグ達が驚く。
「おい、シオン?」
しかしシオンはカインから目を逸らさなかった。
「お前の苦しみは分かった。」
「お前が優しい奴だってことも。」
カインは初めて穏やかに笑う。
「なら。」
「私の願いを継ぐか?」
シオンは静かに首を横へ振った。
「でも。」
「それでも俺は、お前のやり方だけは認めない。」
「どうして。」
「誰かが泣くからだ。」
シオンは一歩、カインへ近づく。
「お前は『誰も泣かない世界』を作りたいって言った。」
「でも、その世界を作るために。」
「今、生きてる人達を泣かせてる。」
「それじゃ意味がない。」
カインの表情から笑みが消える。
シオンはさらに続けた。
「苦しみは消せないかもしれない。」
「でも。」
「苦しんでる奴の隣に立つことはできる。」
「それが俺達の世界だ。」
「エインも。」
「アダムも。」
「きっと同じ答えだった。」
長い沈黙が流れた。
やがてカインは静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……やはり。」
「君は。」
「私が最も会いたくなかった人間だ。」
その瞬間――
契約樹の最深部から、今までとは比べ物にならないほど禍々しい鼓動が響いた。
ドクン――。
ドクン――。
契約樹全体が黒く染まり始める。
アストラの表情が一変した。
「しまった……!」
「契約そのものが暴走を始めた!」
カインも初めて驚いた表情で契約樹を振り返る。
「違う……。」
「これは私じゃない。」
「誰かが。」
「契約の核へ触れた。」
神域の中心が裂ける。
漆黒の深淵の中から、ゆっくりと一つの巨大な瞳が開いた。
その瞳は、人でも神でもない。
世界そのものが意思を持ったかのような、圧倒的な存在感を放っていた。
誰も言葉を発せない。
契約者ですら、驚愕していた。
そして、その瞳は静かにシオンだけを見つめる。
まるで――
ずっと昔から、その瞬間を待ち続けていたかのように。




