創世以前の真実
神域を包んでいた静寂は、その男が姿を現した瞬間に消え去った。
黒い法衣が揺れるたび、契約樹の根元から黒い波紋が広がっていく。
その波紋は世界へ繋がる光の糸を侵食し、一本、また一本と色を失わせていた。
シオンは男から視線を逸らさない。
「お前が……全部やったのか。」
男は肩をすくめ、小さく笑った。
「全部という言い方は正しくない。」
「私は少しだけ、世界の流れを変えただけだ。」
「その結果がこれだ。」
シオンは剣を握る手に力を込める。
「世界が消えてる。」
「命も消えてる。」
「それを『少し』で済ませるな。」
男は怒る様子もなく、どこか寂しそうに目を伏せた。
「君はまだ若い。」
「だから命を一つとして見る。」
「私は違う。」
「世界そのものを見ている。」
アストラが一歩前へ出る。
「……やめろ、カイン。」
その名が神域へ響いた瞬間、オルフェウスの表情が凍り付いた。
「カイン……。」
リーヴァも目を見開く。
「兄さんが記録から消した名前……。」
イヴは震える声で呟いた。
「創世神話の……六人目。」
シオンは眉をひそめる。
「六人目?」
アストラは静かに頷く。
「そうだ。」
「本来、創世以前には六人いた。」
「私。」
「エイン。」
「アダム。」
「イヴ。」
「オルフェウス。」
「そして……カイン。」
神域へ重い沈黙が流れる。
カインは苦笑しながら拍手を止めた。
「ようやく私の名前が出た。」
「ずいぶん長い間、忘れられていたものだ。」
「忘れたんじゃない。」
アストラの声は低かった。
「お前の存在を封印した。」
「違う。」
カインは静かに首を振る。
「君達は真実から目を逸らしただけだ。」
そう言うと、彼は契約樹へゆっくりと歩き始めた。
その足跡から黒い花が咲いていく。
美しく、それでいて不気味な花だった。
「シオン。」
「君は世界は誰が創ったと思っている?」
突然の問いだった。
「創世神エインじゃないのか。」
「半分正解だ。」
カインは契約樹へ手を置く。
「エインは命を創った。」
「アダムは法則を整えた。」
「アストラは契約を結んだ。」
「イヴは生命を育んだ。」
「オルフェウスは均衡を保った。」
「では私は?」
誰も答えない。
カインは静かに微笑んだ。
「私は。」
「終焉を創った。」
その言葉に神域全体が震えた。
ルナリアは思わず一歩後退する。
「終焉を……創った?」
「そう。」
「命だけでは世界は完成しない。」
「終わりがあるから始まりがある。」
「私は、その終わりを生み出した。」
シオンはゆっくり首を横へ振る。
「違う。」
「何が違う?」
「終わりを創ることと、終わらせることは違う。」
カインは興味深そうに目を細めた。
「続けて。」
「終焉は必要かもしれない。」
「でも、お前は終焉を利用してる。」
「世界のためじゃない。」
「自分の理想のためだ。」
その一言で、カインの笑みが初めて消えた。
神域へ冷たい風が吹き抜ける。
「……面白い。」
「そこまで見抜くとは。」
「アダムの力か。」
「違う。」
シオンは真っ直ぐカインを見つめる。
「俺が、お前を見てそう思った。」
しばらく沈黙が続いた。
やがてカインは小さく笑い、肩を落とした。
「やはり。」
「君は危険だ。」
「エインと同じ目をしている。」
アストラがシオンの前へ立つ。
「もう十分だ。」
「これ以上話す必要はない。」
「本当にそうかな?」
カインは穏やかに問い返す。
「シオン。」
「君は知りたくないか。」
「エインが、最後に何を選んだのか。」
その言葉にシオンの心が大きく揺れた。
アストラの表情も曇る。
「やめろ。」
「彼に話すな。」
「話さなければ、また同じ過ちを繰り返す。」
カインはゆっくりとシオンへ歩み寄る。
敵意はない。
だが、その存在感だけで神域の空気が歪んでいく。
「エインは世界を救うために命を懸けた。」
「それは事実だ。」
「だが、彼は最後に一つだけ嘘をついた。」
「……嘘?」
シオンの瞳が揺れる。
「そう。」
カインは静かに笑った。
「その嘘こそが、今の世界を生み出した。」
「そして。」
「君が生まれた、本当の理由でもある。」
その瞬間、シオンの《創世の継承印》が激しく輝き始める。
黄金の左目へ、今まで見たことのない記憶が流れ込み始めた。
それはエインの記憶ではない。
もっと深く。
もっと古い。
創世神が生まれる以前の記憶だった。




