神域の門
重厚な音を響かせながら、契約の神殿最奥の扉がゆっくりと開いていく。
ゴゴゴゴゴゴ――――。
数万年間、一度も開かれることのなかった扉。
その隙間から流れ出してきた空気は冷たくも熱くもない。
まるで「無」そのものだった。
誰も口を開かない。
誰も足を踏み出さない。
本能が告げていた。
この先には、人が触れてはならない真実が眠っている。
シオンは静かに《真理の鍵》を握り締めた。
「行こう。」
その一言で、全員が頷く。
七人はゆっくりと神域へ足を踏み入れた。
⸻
扉の向こうには、想像を超える光景が広がっていた。
そこは神殿ではなかった。
果ての見えない宇宙。
星々が無数に浮かび、その一つ一つが世界そのものになっている。
第五百世界。
第零世界。
滅びた世界。
まだ生まれていない世界。
すべてが光の球となって静かに回転していた。
その中心。
巨大な白い樹が一本だけ立っている。
原初世界樹とは違う。
枝も葉も存在しない。
幹だけの樹。
しかし、その一本から無数の光の糸が世界へ伸びていた。
イヴは息を呑む。
「……契約樹。」
リーヴァも静かに頭を下げる。
「世界そのものを繋ぐ樹。」
「創世神ですら。」
「ここへ来たのは一度だけでした。」
ルナリアは周囲を見渡す。
「でも……誰もいない。」
「いる。」
シオンは低く呟いた。
黄金の左目だけが、はるか先を見つめている。
契約樹の根元。
そこに一つの玉座があった。
玉座へ腰掛け、一人の男が静かに本を読んでいる。
黒い長髪。
純白の法衣。
年齢は二十代半ばほどにしか見えない。
その姿は、どこにでもいる青年のようだった。
しかし。
その青年の周囲だけ、時間が止まっていた。
光も。
風も。
音さえも。
彼を避けるように流れている。
青年は本を閉じ、ゆっくり顔を上げた。
穏やかな笑み。
その瞳は左右で色が違う。
右は黄金。
左は深紅。
「ようこそ。」
柔らかな声だった。
「待っていたよ。」
「最後の継承者。」
シオンは一歩前へ出る。
「お前が。」
「契約者。」
青年は静かに頷く。
「そう呼ばれることもある。」
「本当の名前は、もう誰も覚えていない。」
「だったら教えろ。」
「俺は忘れない。」
青年は少しだけ驚いたように目を細めた。
そして、どこか懐かしそうに笑う。
「……面白い。」
「エインも、まったく同じことを言った。」
その名前が出た瞬間、空気が張り詰める。
シオンは剣を抜かなかった。
ただ真っ直ぐ青年を見つめる。
「エインを知ってるんだな。」
「もちろん。」
「彼は私の親友だった。」
その言葉に、その場の全員が凍り付いた。
イヴが震える声を漏らす。
「親友……?」
「ええ。」
青年は静かに頷く。
「アダムも。」
「オルフェウスも。」
「リーヴァも。」
「そして私も。」
「四人ではない。」
「五人だった。」
誰も知らなかった真実。
創世神話には、もう一人いた。
青年はゆっくり立ち上がる。
その瞬間、宇宙全体が彼に呼応するように脈打った。
「初めまして。」
「私は――」
一瞬、世界から音が消える。
「契約神・アストラ。」
その名が告げられた瞬間、契約樹のすべての根が黄金と漆黒の光を放ち始めた。
オルフェウスは静かに膝をつく。
リーヴァも同じように頭を垂れる。
イヴは信じられないという表情で、その青年を見つめていた。
アストラは困ったように笑う。
「そんなに畏まらなくていい。」
「私は神になりたくて神になったわけじゃない。」
「ただ。」
「最後まで、この世界を守れなかっただけだから。」
その笑顔には、アダムと同じ孤独があった。
そしてエインと同じ優しさも。
シオンは静かに拳を握る。
目の前の男は、今までの敵とは違う。
悪意がない。
憎しみもない。
だからこそ、一番危険だった。
「一つ聞く。」
シオンは低い声で言った。
「第二契約を始めたのは、お前か。」
アストラは少しだけ沈黙した。
そして悲しそうに笑う。
「……違う。」
「私は。」
「止め続けていた。」
その一言で、全員の表情が変わる。
シオンの黄金の左目が激しく脈打つ。
本当の敵は。
まだ、この神域に姿を現していない。




