契約崩壊
「俺が守りたいのは、過去じゃない。」
「未来なんだ。」
シオンの言葉が静かに響いた瞬間、可能性の世界へ無数の亀裂が走った。
パリン――。
母の姿が光となって崩れていく。
それでも彼女は最後まで優しく微笑んでいた。
「……強くなったね、シオン。」
「ありがとう。」
「生んでくれて。」
シオンは涙を拭うことなく前を向いた。
母の姿は柔らかな光となり、彼の胸へ静かに溶け込んでいく。
その光は温かく、どこか懐かしかった。
同じ頃。
ルナリアもまた、幼い頃に失った母へ微笑み返していた。
「会えて嬉しかった。」
「でも私は、シオンと一緒に未来を守りたい。」
母は娘の頭を優しく撫でる。
「幸せになってね。」
その姿も光となって消えた。
レオニクスは祖国の王へ深く一礼し、ヴォルグは戦友達と拳を合わせる。
アリアは初めて涙を流しながら両親を抱き締め、ノアとルクスも恩師へ別れを告げた。
七人全員が過去ではなく未来を選んだ。
その瞬間だった。
ゴォォォォォォン――――!!
世界そのものが大きく震えた。
可能性の世界が崩れ去り、景色は再び契約の神殿へ戻る。
神殿の中央では、審判者ミカエルが静かに七人を見つめていた。
その表情には、どこか安堵の色が浮かんでいる。
「見事だ。」
ミカエルはゆっくりと頷いた。
「多くの継承者は、この試練で歩みを止めた。」
「失った者を取り戻せる世界。」
「誰もが、それを選んだ。」
「だから契約者になったのか。」
シオンが静かに問い掛ける。
ミカエルは少しだけ目を閉じた。
「……そうだ。」
「契約者も、かつては一人の人間だった。」
その言葉に全員が息を呑む。
「人間……?」
ルナリアが呟く。
「彼もまた、大切な人を失った。」
「その悲しみに耐えられず、契約を受け入れた。」
「世界を守るためではない。」
「二度と同じ悲しみを生まないために。」
オルフェウスは静かに俯いた。
「だから私は、彼を止められなかった……。」
ミカエルは杖を掲げる。
「だが、お前達は違う。」
「悲しみを受け入れ、それでも未来を選んだ。」
「その資格を認めよう。」
杖の先から七色の光が溢れ、シオン達を包み込む。
温かな光だった。
傷ついた身体が癒え、失われた魔力が少しずつ戻っていく。
そしてシオンの手にある《契約の鍵》が、新たな姿へ変化した。
黄金だけだった鍵へ、白銀の紋様が刻まれていく。
イヴが驚いたように息を呑んだ。
「《真理の鍵》……。」
「兄さんも最後まで完成させられなかった鍵です。」
シオンは変化した鍵を見つめる。
握った瞬間、頭の中へ一つの映像が流れ込んだ。
契約の神殿最深部。
巨大な円形の広間。
中央に置かれた漆黒の玉座。
そして、その玉座へ静かに座る一人の人物。
長い黒髪。
漆黒の法衣。
顔は影に隠れて見えない。
だが、その人物はゆっくりと立ち上がり、こちらへ視線を向けた。
『……ようやく来るか。』
『最後の継承者。』
『私は長い間、この瞬間を待っていた。』
その声を聞いた瞬間、シオンの黄金の左目が激しく脈打つ。
ドクン――。
アダムの記憶。
エインの記憶。
そして、自分自身の記憶ではない何かが一つに重なった。
「まさか……。」
シオンは思わず呟く。
「あいつ……。」
「俺を知ってるんじゃない。」
「俺が生まれる前から、俺を待っていた。」
その一言で神殿の空気が凍りつく。
ミカエルは静かに目を閉じた。
「運命は動き出した。」
「契約者は、お前を最後の鍵として選んでいる。」
「なら。」
シオンは《真理の鍵》を強く握り締める。
「俺も会って確かめる。」
「この世界を終わらせたい理由を。」
「そして、その答えが間違っているなら――」
静かに剣を抜く。
蒼と黄金の光を纏った刃が、神殿の闇を照らした。
「俺が、この世界の未来を選ぶ。」
その瞬間。
契約の神殿最奥へ続く巨大な門が、轟音と共にゆっくり開き始める。
数万年間、誰一人踏み入れたことのない禁忌の領域。
その奥から流れ出る気配は、アダムさえ遥かに超えていた。
ミカエルは静かに七人へ道を譲る。
「進め。」
「ここから先は、神々ですら立ち入れない領域。」
「世界の始まりと終わり、その真実が待っている。」
シオンは仲間達と視線を交わし、小さく頷いた。
誰一人迷わない。
七人は並んで最奥の扉へ歩き出す。
その先に待つのは、すべての元凶――契約者。
そして、世界誕生以前から隠され続けた最後の真実だった。




