消える世界
契約の神殿へ続く白銀の道。
その中央で、シオンとオルフェウスは静かに向かい合っていた。
二人の間には一切の殺気がない。
あるのは、決して譲ることのできない信念だけだった。
オルフェウスが手にした漆黒の鍵をゆっくりと掲げる。
「シオン・アルヴィス。君は世界を救おうとしている。」
「だったら邪魔をするな。」
シオンは剣を下ろさない。
「救うためにここまで来た。」
「だからこそ、止める。」
オルフェウスは静かに答えた。
「第二契約が発動しなければ、世界は救われない。」
「そんな契約なら壊す。」
「壊せば、すべての世界が同時に崩壊する。」
その言葉に一同の空気が張り詰める。
ルナリアが一歩前へ出た。
「どういうこと?」
オルフェウスは視線を彼女へ向ける。
「世界は一本の木ではない。」
「一本の枝でもない。」
「互いに支え合う無数の世界で、一つの生命体を形成している。」
そう言うと、彼は漆黒の鍵を空へ向けた。
鍵が淡く輝き、空中へ巨大な光の立体図が映し出される。
そこには原初世界樹が映っていた。
しかし、今まで見てきた姿とは違う。
一本一本の枝の先には無数の世界が存在し、それぞれが光の糸で複雑に結ばれている。
「これが世界の真実……。」
ノアは息を呑んだ。
オルフェウスは静かに続ける。
「一つの世界が滅びれば、その世界の命は原初世界へ還元される。」
「その命が、新しい世界を生む。」
「これが世界循環。」
「第二契約とは、その循環を維持するための法則だ。」
ルクスが険しい表情で光の図を見つめる。
「つまり……。」
「世界を消しているんじゃない。」
「命を循環させている。」
「その通りだ。」
オルフェウスは頷いた。
「だが今、その循環が止まっている。」
シオンは眉をひそめる。
「止まった原因は?」
「エイン。」
静かな一言だった。
イヴが目を見開く。
「違う!」
思わず声を上げる。
「兄さんじゃない!」
「エインは世界を救った!」
オルフェウスは悲しそうに首を振った。
「私は彼を責めているわけではない。」
「彼は命を守るために《生命の核》を第零世界から持ち出した。」
「その判断は間違いではない。」
「だが結果として、世界の循環は不完全になった。」
彼は光の図へ手を伸ばす。
原初世界樹の中心が赤く点滅する。
「命は生まれ続ける。」
「しかし、還る場所が失われた。」
「器は満ちる。」
「やがて溢れる。」
「その先にあるのが……。」
シオンが静かに答えた。
「第二契約。」
「そうだ。」
オルフェウスはシオンを見つめる。
「私は世界を滅ぼしたいわけではない。」
「世界を延命させたいだけだ。」
ヴォルグは腕を組み、不満そうに鼻を鳴らした。
「理屈は分かった。」
「でもよ。」
「そのために何億って命を切り捨てるんだろ?」
「必要な犠牲だ。」
「その考えが気に食わねぇ。」
ヴォルグは大剣を肩へ担ぐ。
「命は数字じゃねぇ。」
オルフェウスは静かに目を閉じた。
「……その言葉を。」
「昔、エインにも言われた。」
沈黙が流れる。
その時だった。
パリン――。
空中へ映し出されていた光点の一つが砕け散る。
ノアが青ざめる。
「世界が一つ……!」
続けて二つ。
三つ。
光点が次々と消えていく。
ルクスが震える声を上げた。
「消滅速度が加速しています!」
イヴは唇を噛み締める。
「契約の暴走……。」
オルフェウスも初めて表情を変えた。
「違う……。」
彼は光の図を凝視する。
「私の計算ではない。」
「何?」
シオンが鋭く問い返す。
「第二契約は、ここまで急速に世界を消す法則ではない。」
「誰かが。」
「契約へ干渉している。」
その瞬間だった。
世界樹の映像全体が黒く染まり始める。
赤く点滅していた世界が、一斉に黒へ変わる。
そして光の図の最奥。
誰も触れられないはずの中心へ、一つの黒い紋章が浮かび上がった。
オルフェウスの顔から血の気が引く。
「そんな……。」
「まさか……。」
「契約の玉座へ。」
「誰かが座った。」
リーヴァが震える声で呟く。
「あり得ません。」
「あの玉座は……。」
「契約者しか座れない。」
シオンは黄金の左目を細めた。
視界の奥。
黒い玉座に腰掛ける、一人の人影が映る。
顔は見えない。
だが、その人物はこちらを見て微笑んでいた。
『ようこそ。』
『最後の観測者。』
『そして、最後の継承者。』
『私は待っていた。』
『君がここへ辿り着く日を。』
その声を聞いた瞬間、シオンは確信する。
ここまで起きたすべての出来事。
アダムとの戦いも。
第二契約の発動も。
誰かが最初から仕組んでいた。
本当の敵は、まだ一度も姿を現していなかった。




