第二契約
第零世界の北。
天を貫く黒い光柱は、鼓動を刻むように明滅を繰り返していた。
そのたびに原初世界樹の枝が震え、遠く離れた世界の光が一つ、また一つと弱まっていく。
シオンは手の中の《契約の鍵》を見つめた。
白銀と黄金が織り交ざるその鍵は、まるで彼の鼓動に呼応するように静かな輝きを放っている。
「これが……契約の神殿へ入る鍵。」
小さく呟くと、隣に立つイヴがゆっくり頷いた。
「兄さんが最後まで守り続けた希望です。この鍵がなければ、神殿へ辿り着くことすらできません。」
「だったら急ごう。」
シオンは迷いなく前を向く。
「もう一秒も無駄にできない。」
その声に全員が頷いた。
七人は原初世界樹を後にし、北へ続く白い大地を駆け始める。
⸻
数十分後。
景色は少しずつ姿を変えていった。
草花は消え、白い大地は水晶のような結晶へ変わる。
空を漂っていた原初生命も少なくなり、辺りを包む静寂だけが深くなっていく。
ヴォルグが周囲を見渡しながら眉をひそめた。
「嫌な場所だな。」
「何もいねぇ。」
アリアも頷く。
「……静かすぎる。」
「敵の気配も、生き物の気配もない。」
レオニクスは剣の柄へ手を添えた。
「静かな場所ほど危険だ。」
「気を抜くな。」
その時だった。
シオンの左目が突然黄金色に輝く。
「止まれ!」
鋭い声に全員が足を止める。
次の瞬間、目の前の空間が音もなく崩れ落ちた。
ゴォォォォン――。
数歩先の地面が消え、底の見えない奈落が姿を現す。
もしあと一歩進んでいれば、全員が飲み込まれていた。
ルナリアが息を呑む。
「今の……。」
シオンは左目を押さえながら答えた。
「見えた。」
「崩れる未来が。」
ルクスが驚いた表情を浮かべる。
「未来視……。」
「アダムの力ですか。」
シオンはゆっくり頷いた。
「多分。でも自由に使えるわけじゃない。」
「勝手に見える。」
イヴは静かに微笑んだ。
「兄さんの《観測》が、あなたの中で目覚め始めています。」
「観測……。」
シオンは小さく息を吐いた。
「便利だけど、頭が割れそうになるな。」
「兄さんも最初は同じでした。」
イヴは懐かしそうに空を見上げる。
「『未来が見えすぎて眠れない』って、毎日文句を言っていました。」
思わずルナリアが笑う。
「ちょっと想像できるかも。」
ヴォルグも肩を揺らした。
「神でも寝不足になるんだな。」
重かった空気が少しだけ和らぐ。
しかし、その空気は長く続かなかった。
カツン。
静かな足音が響く。
全員が一斉に振り返る。
奈落の向こう側。
黒い光柱の前に、一人の人物が立っていた。
長い銀髪。
純白の仮面。
白と黒が左右で分かれた長衣。
そして右手には、シオンの《契約の鍵》と対になる漆黒の鍵が握られている。
誰も言葉を発しない。
その人物はゆっくりとシオンへ視線を向けた。
「……来たか。」
低く落ち着いた声だった。
男とも女とも判別できない、不思議な響きを持っている。
シオンは一歩前へ出た。
「お前が第二契約を動かしてるのか。」
仮面の人物は小さく首を振る。
「違う。」
「私は執行者に過ぎない。」
「執行者?」
「第二契約は、世界が始まる前から存在する法則だ。」
「私は、その法則を遂行するために造られた。」
ノアが小さく息を呑む。
「造られた……?」
「管理者と同じ存在なのか。」
「管理者より古い。」
仮面の人物は静かに答えた。
「私は《契約の番人》。”
「名を――オルフェウス。」
その名が告げられた瞬間、シオンの左目が激しく脈打った。
ドクン――。
脳裏に一つの記憶が流れ込む。
若き日のアダム。
若き日のエイン。
そして、二人と向かい合う一人の青年。
その顔は、目の前にいる仮面の人物とまったく同じだった。
シオンは目を見開く。
「お前……。」
「エイン達を知ってるのか。」
オルフェウスはゆっくりと仮面へ手を添えた。
「知っている。」
「共に世界を創ろうと誓った仲間だった。」
その一言に、その場の全員が凍り付く。
エイン。
アダム。
リーヴァ。
イヴ。
そして、まだ語られていなかったもう一人。
世界創世に関わった存在が、今、敵としてシオンの前に立っていた。
オルフェウスは漆黒の鍵を静かに掲げる。
「継承者シオン・アルヴィス。」
「契約の神殿へ進みたければ、私を越えろ。」
「これは復讐ではない。」
「憎しみでもない。」
「世界が続くために必要な、最後の試練だ。」
その瞬間、奈落の底から無数の黒い鎖が空へ伸び始める。
シオンは黄金の鍵を強く握り締め、静かに剣を抜いた。
「だったら証明してやる。」
「世界は、契約に従うためじゃない。」
「生きるためにある。」
白銀の鍵と漆黒の鍵。
二つの鍵が共鳴した瞬間、契約の神殿へ続く道がゆっくりと姿を現した。
そして、その道の中央で――シオンとオルフェウスは静かに対峙した。




