世界樹の異変
天を貫く黒い光柱。
それは第零世界の最北端、《契約の神殿》が眠る方角から立ち昇っていた。
光ではない。
世界そのものが悲鳴を上げるような黒い波動。
それに呼応するように、原初世界樹が再び震え始める。
ゴゴゴゴゴゴ……
一本。
また一本。
世界へ繋がる根が灰色へと変色していく。
ルクスは世界樹へ手を触れ、息を呑んだ。
「侵食速度が上がっています……。」
ノアも創世術式を展開する。
幾何学模様の魔法陣が世界樹全体を包み込み、数え切れない情報が空中へ映し出された。
「そんな……。」
「あり得ません。」
シオンが振り返る。
「どうした。」
ノアは震える指で光の地図を示した。
そこには無数の世界が光点として表示されている。
しかし、その半分近くが赤く点滅していた。
「第二契約は。」
「一つずつ世界を消す法則じゃありません。」
「全世界を同時に選別しています。」
その言葉に空気が凍りつく。
「同時に……?」
ルナリアが呟く。
リーヴァは苦しそうに頷いた。
「本来なら。」
「数千年かけて行われる契約です。」
「でも今は。」
「誰かが無理やり加速させている。」
ヴォルグは拳を握る。
「つまり。」
「時間がねぇってことだな。」
「はい。」
イヴは静かに世界樹を見上げた。
「兄さんが命を懸けて止めた時間も。」
「もう終わろうとしています。」
その時だった。
パキッ――。
世界樹の幹へ新たな亀裂が走る。
今までとは違う。
その裂け目から、黒ではなく銀色の光が漏れ始めた。
「これは……。」
リシアが目を見開く。
シオンはゆっくり裂け目へ近付いた。
光へ触れた瞬間、視界が再び白く染まる。
映し出されたのは、数万年前の第零世界。
若き日のエイン。
アダム。
イヴ。
リーヴァ。
四人が原初世界樹の前へ並んで立っている。
しかし、その表情は明るくなかった。
エインが静かに問い掛ける。
『本当にやるのか。』
アダムは頷く。
『やるしかない。』
『第二契約は止められない。』
『なら。』
『契約を書き換えよう。』
シオンは息を呑んだ。
「書き換える……?」
映像の中でリーヴァが驚いた表情を見せる。
『兄さん。』
『そんなことをすれば。』
『契約違反になります。』
『承知している。』
アダムは静かに答える。
『だから。』
『代償は私が払う。』
イヴは首を横へ振る。
『駄目。』
『兄さんまでいなくなる。』
『世界が残るなら。』
『それでいい。』
『違う!』
今度はエインが叫んだ。
『誰か一人を犠牲にする世界なんか!』
『俺は認めねぇ!』
アダムは静かに笑う。
『だから私はお前を選んだ。』
『エイン。』
『未来を変えられるのは。』
『お前だけだ。』
そこで映像は突然途切れた。
シオンは現実へ引き戻される。
「今のは……。」
リーヴァは涙を浮かべていた。
「兄さん。」
「最後まで諦めていなかったんですね。」
イヴも静かに頷く。
「第二契約を壊そうとしていた。」
シオンは拳を握る。
「だったら。」
「続きは俺達がやる。」
「兄さんの願いも。」
「エインの願いも。」
「全部。」
「俺達が繋ぐ。」
その瞬間、原初世界樹の最上部から一本の黄金の枝が音を立てて落ち始めた。
ゆっくりと。
まるで流れ星のように。
枝はシオンの目の前へ突き刺さる。
ゴォォン――。
黄金の枝は砕け、一つの鍵へ姿を変えた。
白銀と黄金が絡み合う、美しい鍵。
イヴは驚きで目を見開く。
「その鍵……。」
「《契約の鍵》。」
「契約の神殿へ入れる唯一の鍵です。」
同時に、遥か北で輝いていた黒い光柱がさらに巨大になる。
そして光柱の中から、一人の人影がゆっくり姿を現した。
長い銀髪。
純白の仮面。
その手には、シオンが持つものと対になる漆黒の鍵が握られていた。
誰も、その人物を知らない。
しかし。
黄金の左目が本能的に告げていた。
「あいつだ……。」
「第二契約を動かしてる奴は。」
第零世界の風が止む。
契約の神殿を巡る戦いが、ついに始まろうとしていた。




