託された未来
静寂だった。
先ほどまで世界を震わせていた終焉の嵐は消え、第零世界には柔らかな風だけが流れている。
原初世界樹は再び天へ向かってそびえ立ち、その黄金の葉は静かに揺れていた。
しかし。
一本だけ。
世界樹の幹には深い裂傷が残っている。
アダムが自らの命と引き換えに止めた傷跡だった。
シオンはその幹へ静かに手を添える。
まだ温もりが残っていた。
「……終わったのか。」
誰に向けた言葉でもなかった。
リーヴァはゆっくり首を横へ振る。
「いいえ。」
「兄さんは。」
「時間を稼いでくれただけです。」
イヴも静かに空を見上げる。
「終焉は退きました。」
「でも。」
「第二契約は始まってしまいました。」
ルナリアが問いかける。
「第二契約って。」
「結局何なの?」
イヴは少しだけ迷い、静かに答える。
「世界には。」
「二つの契約があります。」
「一つ目が。」
「命と終焉の均衡を保つ《原初の契約》。」
「そして。」
「もう一つが。」
「全ての世界を一定周期で選別する。」
「《第二契約》。”
空気が重くなる。
ノアがゆっくり口を開いた。
「選別……?」
リーヴァが頷く。
「世界は。」
「永遠には増え続けられません。」
「だから。」
「一定数を超えると。」
「古い世界から順番に消されます。」
ヴォルグが顔をしかめる。
「つまり。」
「世界を整理するってことか。」
「はい。」
「誰かが決めた。」
「最初の法則です。」
シオンは拳を握り締めた。
「そんなもの。」
「誰が決めた。」
イヴは静かに答える。
「……まだ。」
「姿を見せていない。」
「最後の契約者です。」
その言葉と同時に。
ゴォォォォォ……
原初世界樹が低く唸った。
一本の枝が黄金色から灰色へ変わる。
そして。
パリン――。
音もなく砕け散った。
ルクスの表情が凍り付く。
「第五百十一世界。」
「消滅。」
全員が息を呑む。
「今……。」
「世界が。」
リーヴァは苦しそうに目を閉じる。
「第二契約は。」
「もう始まっています。」
その時だった。
シオンの左目――アダムから継承した黄金の瞳が突然輝き始める。
ドクン――。
視界が白く染まる。
シオンは思わず頭を押さえた。
「ぐっ……!」
「シオン!」
ルナリアが駆け寄る。
しかし。
シオンの視界には別の光景が映っていた。
真っ白な空間。
その中央で。
一人の青年が静かに立っている。
白いローブ。
黄金の瞳。
穏やかな笑み。
「……アダム。」
青年は静かに頷いた。
『これは。』
『私が最後に残した観測記録だ。』
『本人じゃない。』
『ただの記憶だ。』
シオンはゆっくり立ち上がる。
「何を残した。」
アダムの記録は静かに微笑む。
『シオン。』
『もし第二契約が始まったなら。』
『迷わず。』
『《契約の神殿》へ向かえ。』
「契約の神殿?」
『第零世界の最深部。』
『誰も辿り着いたことのない場所。』
『そこに。』
『世界の全てが眠っている。』
映像が少し乱れる。
『急げ。』
『第二契約が完成すれば。』
『お前の世界も。』
『消える。』
その言葉を最後に、アダムの姿は光となって消えた。
シオンはゆっくり目を開く。
黄金の瞳は静かに元へ戻っていた。
「……契約の神殿。」
イヴの表情が変わる。
「兄さんが。」
「そこを教えたんですか。」
シオンは静かに頷く。
「急がないと。」
「全部。」
「間に合わなくなる。」
その瞬間。
第零世界の遥か北。
誰も踏み入れたことのない山脈の彼方で、天を貫く黒い光柱が立ち上った。
まるで。
誰かがシオン達を待っているかのように。




