眠る終焉
「待っていました。」
「最後の観測者。」
少女――イヴは静かに微笑んだ。
その声が響いた瞬間、《始まりの庭園》全体を包んでいた白銀の光が優しく揺れる。
周囲で震えていた原初生命達も、一斉にイヴの周りへ集まり始めた。
「イヴ……。」
リーヴァは瞳を潤ませながら膝をつく。
「お久しぶりです。」
イヴは優しく微笑み、そっと頷いた。
「リーヴァ。」
「ずっと。」
「一人で守ってくれていたのですね。」
「はい。」
「あなたとの約束でしたから。」
短い会話だった。
しかし、その中には数万年という時間が詰まっていた。
シオンはイヴを見つめる。
不思議だった。
初めて会うはずなのに、どこか懐かしい。
エインと初めて出会った時と同じ温もりを感じる。
イヴはゆっくりとシオンへ歩み寄った。
「あなたが。」
「エインの選んだ子。」
「……シオン。」
「俺を知ってるのか。」
「もちろん。」
イヴは柔らかく笑う。
「あなたが生まれる前から。」
「ずっと見ていました。」
シオンは少し照れ臭そうに頭を掻く。
「それは。」
「何か恥ずかしいな。」
「ふふ。」
「エインも同じことを言っていました。」
ルナリアは静かに尋ねる。
「エイン様とは。」
「どういう関係だったんですか。」
イヴは少しだけ空を見上げる。
原初世界樹の枝葉が風もないのに揺れていた。
「私は。」
「世界で最初の命。」
「エインは。」
「世界で初めて私へ名前をくれた人。」
「名前?」
「本当は。」
「私は名前を持ちません。」
「ただ命として存在していただけ。」
「でも。」
「エインが言ったんです。」
映像が静かに浮かび上がる。
若き日のエインが、小さな少女の前へしゃがみ込む。
『名前がないと寂しいだろ。』
少女は首を傾げる。
『なまえ?』
『そう。』
『君は今日からイヴ。』
『イヴ?』
『世界で最初に笑った子だから。』
『一番最初の命だから。』
『その名前が似合う。』
少女は嬉しそうに笑う。
『イヴ!』
『うん。』
『よろしく。』
映像が消える。
イヴは少しだけ目を潤ませていた。
「名前をもらった日。」
「私は初めて。」
「自分が生きていると知りました。」
ルナリアも思わず涙ぐむ。
「エイン様らしい……。」
「誰よりも。」
「命を大切にする人でした。」
「はい。」
イヴは優しく頷いた。
その時だった。
ドォォォォォォン!!
《始まりの庭園》全体が激しく揺れる。
終焉の獣達が花園の結界へ体当たりを始めていた。
一体。
二体。
十体。
百体。
白銀の結界へ黒い亀裂が走る。
ヴォルグが拳を握る。
「長話してる暇はねぇぞ!」
レオニクスも剣を構える。
「結界が保たない。」
リーヴァの表情が険しくなる。
「終焉の影が。」
「イヴの存在へ気付いてしまいました。」
イヴは静かに目を閉じる。
「やっぱり。」
「ここまで来たんですね。」
シオンが前へ立つ。
「安心しろ。」
「ここから先は。」
「俺達が守る。」
イヴはゆっくり首を横へ振った。
「違います。」
「守るのは。」
「私です。」
全員が息を呑む。
イヴは原初世界樹へ向き直る。
「私は。」
「生命の核。」
「世界中の命は。」
「私から生まれました。」
「だから。」
「終焉が狙うのは当然なんです。」
シオンは静かに言う。
「それでも。」
「一人では戦わせない。」
イヴは少し驚いたようにシオンを見る。
「……エインと同じですね。」
「そうか?」
「はい。」
「自分より。」
「誰かを守ろうとするところが。」
シオンは苦笑する。
「それ。」
「よく怒られる。」
「でしょうね。」
イヴも小さく笑った。
その笑顔が消えた瞬間。
空が割れた。
バキィィィィィン――!!
白銀の結界が砕け散る。
黒い瘴気が《始まりの庭園》へ流れ込み、花々が一瞬で枯れ始める。
そして。
終焉の獣達は突然、道を開けた。
まるで誰かを迎えるように。
黒い霧の奥から、一人の人影がゆっくり姿を現す。
全身を漆黒の外套で包み、黄金の瞳だけが静かに輝いている。
《創世の間》で。
《終焉の海》で。
何度も姿を見せた存在。
だが今回は違う。
影ではない。
実体だった。
第零世界そのものが震え始める。
原初世界樹の枝葉が一斉に色を失い、原初生命達は怯えながらイヴの背後へ集まった。
リーヴァの声が震える。
「そんな……。」
「あり得ない。」
「第零世界へ。」
「本体が……。」
黄金の瞳が静かに細められる。
男はシオンを見つめ、初めて微笑んだ。
「会いたかった。」
「最後の観測者。」
その一言だけで、七人全員の身体が重く沈む。
圧倒的な存在感。
アビスとは比べものにならない。
世界が本能で恐れる存在。
イヴは一歩前へ出て、その男を真っ直ぐ見つめた。
「……兄さん。」
その呼び名に、その場の全員が凍り付いた。




