観測者の足跡
映像の中のエインは、《生命の核》を胸へ抱いたまま原初世界樹を見上げていた。
七色に輝く小さな光は、彼の腕の中で安心しきったように眠っている。
リーヴァは静かに映像へ歩み寄る。
「あの日のことは。」
「昨日のことのように覚えています。」
映像の中で、若き日のリーヴァがエインの前へ立つ。
『本気なんですか。』
『ああ。』
『この子を連れて行く。』
『駄目です。』
彼女は珍しく強い口調だった。
『生命の核は、第零世界そのものです。』
『ここから出せば。』
『原初生命は少しずつ力を失います。』
『世界樹にも影響が出る。』
『それでも行くんですか。』
エインは腕の中の光を見つめ、優しく微笑んだ。
『行くよ。』
『世界はもう生まれる。』
『でも。』
『生まれただけじゃ、生きられない。』
リーヴァは首を横へ振る。
『命は自然に育ちます。』
『いいえ。』
『育たない。』
エインの表情から笑みが消えた。
『私は見た。』
『第零世界の外で。』
『芽吹いたばかりの世界が。』
『命を持てず、消えていく姿を。』
『世界は作れても。』
『魂を与えられなかった。』
『だから。』
『この子の力が必要なんだ。』
シオンは映像を見つめながら呟く。
「生命の核で。」
「命を生み出したのか。」
「そうです。」
リーヴァは静かに頷いた。
「創世核は世界を創れます。」
「ですが。」
「命までは創れない。」
「魂だけは。」
「生命の核からしか生まれません。」
ノアは苦しそうに目を閉じた。
「だから第五百世界には。」
「人々が生まれた。」
「はい。」
「ですが。」
リーヴァはゆっくりシオンを見る。
「生命の核は。」
「本来、第零世界から動かしてはいけない存在でした。」
映像が続く。
若き日のエインは七色の光を抱き締める。
すると光は嬉しそうに彼の頬へ擦り寄った。
『ほら。』
『この子も行きたいって言ってる。』
『エイン。』
『あなたは優しすぎる。』
『違う。』
エインは笑う。
『寂しがり屋なんだ。』
『世界も。』
『命も。』
『一人ぼっちは嫌だろ?』
リーヴァは何も言えなかった。
ただ静かに目を伏せる。
『……必ず帰してください。』
『約束する。』
『全部終わったら。』
『必ずこの子を連れて帰る。』
エインは笑顔でそう答えた。
その約束を最後に、第零世界の門は閉じられる。
映像がそこで止まった。
長い沈黙が流れる。
ヴォルグが静かに腕を組んだ。
「帰れなかったんだな。」
リーヴァは小さく頷く。
「世界は次々と終焉へ襲われました。」
「エインは。」
「生命の核を返すより。」
「命を守ることを選び続けた。」
「責められねぇな。」
ヴォルグは低く呟く。
「俺でも同じことする。」
「私も。」
ルナリアが続ける。
「目の前で苦しんでる人を放って。」
「約束だけ守るなんてできない。」
リーヴァは優しく微笑んだ。
「だから私は。」
「最後まで彼を責められませんでした。」
「ですが。」
その声が少しだけ震える。
「生命の核を失った第零世界は。」
「少しずつ命を失い始めた。」
全員が空を見上げる。
先ほどよりも原初生命の数が減っている。
光はまだ飛んでいる。
しかし、よく見ると粒子になって消えていく命もあった。
ステラは消えていく光へ手を伸ばす。
「待って。」
光は優しく彼女の指先へ触れ、そのまま静かに空へ溶けた。
「消えちゃった……。」
リーヴァは悲しそうに目を閉じる。
「生命の核は。」
「もう限界です。」
シオンは鋭く尋ねた。
「その生命の核は今どこにある。」
リーヴァは迷わず答えた。
「第五百世界です。」
「え?」
「生命の核は。」
「エインと共に世界を巡り。」
「最後の戦いの後。」
「姿を消しました。」
ルクスの瞳が揺れる。
「まさか……。」
「はい。」
リーヴァは真っ直ぐシオンを見つめた。
「生命の核は。」
「今も。」
「あなたのすぐ近くにいます。」
シオンは思わず周囲を見回した。
仲間達も同じように辺りを見る。
その時だった。
ずっとシオンの肩へ止まっていた、一匹の小さな原初生命がふわりと宙へ浮かぶ。
七色の光。
他の原初生命とは明らかに違う輝き。
その姿を見た瞬間、リーヴァは驚きで目を見開いた。
「……そんな。」
「ずっと。」
「あなたと一緒だったのですね。」
七色の光は嬉しそうにシオンの頬へ触れる。
まるで再会を喜ぶように。
そして。
世界樹の奥から、今までで最も重い振動が響いた。
ゴゴゴゴゴゴ――――。
原初世界樹の幹に、一本の黒い亀裂が走る。
リーヴァの表情が凍り付く。
「来ます。」
「終焉が。」
「ついに。」
「第零世界へ侵入しました。」




