原初の生命
原初世界樹の幹が静かに輝く。
映し出された映像は、今から数万年以上前。
まだ「世界」という概念すら存在しない時代だった。
若き日のエインは、小さな黄金の種を両手で包み込むように見つめている。
その隣には、今より少し幼い面影を残すリーヴァが立っていた。
二人とも、まだ創世神でも巫女でもない。
ただ、この世界を見守る二人の若者だった。
『本当に育つのかな。』
エインが不安そうに呟く。
リーヴァは小さく笑う。
『焦らないことです。』
『命は急がせるほど弱くなります。』
『待つことも、大切なんですよ。』
『難しいなぁ。』
『あなたらしいですね。』
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
その光景を見ていたルナリアも自然と笑みを浮かべる。
「本当に仲が良かったんだ。」
リーヴァは懐かしそうに頷いた。
「毎日喧嘩をして。」
「毎日仲直りして。」
「本当に騒がしい人でした。」
映像の中で、黄金の種がゆっくりと光を放つ。
トクン。
小さな鼓動。
その鼓動に応えるように、第零世界の大地から無数の光が集まり始めた。
一つ。
二つ。
十。
百。
数え切れない光が種の周囲を飛び回る。
「原初生命……。」
ノアが静かに呟く。
リーヴァは優しく微笑んだ。
「ええ。」
「世界で最初に生まれた命です。」
「でも。」
「彼らは生き物ではありません。」
シオンが映像を見つめる。
「違うのか。」
「彼らは。」
「世界そのものの意思です。」
その言葉に全員が息を呑んだ。
リーヴァは一匹の原初生命を手へ乗せる。
小さな光は嬉しそうに瞬きながら彼女の周りを飛び回った。
「命が悲しめば。」
「彼らも泣きます。」
「命が笑えば。」
「彼らも笑います。」
「世界が傷付けば。」
「彼らも消えていく。」
ルナリアは静かに周囲を見渡した。
原初生命達は今も自由に飛び回っている。
その数は数え切れない。
「じゃあ。」
「この子達が減るってことは。」
リーヴァの表情から笑みが消える。
「世界が死に近付いている証です。」
静かな沈黙が流れる。
シオンは空を見上げた。
先ほどまで数え切れないほど飛んでいた光が、今は確かに少なく見える。
「そんな……。」
ステラが小さく呟く。
「気付いてしまいましたか。」
リーヴァは悲しそうに頷いた。
「第零世界にも。」
「終焉は届き始めています。」
その一言で空気が変わる。
ヴォルグが眉をひそめた。
「第零世界まで侵食されてんのか。」
「いいえ。」
リーヴァは首を横へ振る。
「終焉は、まだここへ入れません。」
「ですが。」
「原初生命が減っている理由は別にあります。」
シオンは鋭い視線を向ける。
「原因は。」
リーヴァは答えず、映像へ視線を戻した。
そこでは若き日のエインが、原初生命達と楽しそうに遊んでいる。
『こらこら。』
『そんなに引っ張るなって。』
『順番だよ、順番。』
肩にも頭にも腕にも、原初生命が集まり放題になっている。
その姿は、まるで子ども達に囲まれた兄のようだった。
リーヴァは小さく笑った。
「彼らは。」
「エインが大好きでした。」
「誰よりも優しかったから。」
「誰よりも命を愛していたから。」
映像の中で、一匹だけ他より大きな原初生命がエインの胸へ飛び込む。
黄金色ではない。
七色に輝く特別な光だった。
『お前は甘えん坊だな。』
エインが優しく抱き上げる。
その光も嬉しそうに明滅している。
リーヴァは静かに目を閉じた。
「あの子が。」
「全ての始まりでした。」
「始まり?」
シオンが聞き返す。
リーヴァはゆっくり頷く。
「全ての原初生命を束ねる。」
「最初の命。」
「《生命の核》。」
ノアの表情が一変する。
「まさか……!」
「生命の核って。」
「創世核とは別に存在するんですか。」
「存在します。」
リーヴァは真っ直ぐ原初世界樹を見つめた。
「創世核が世界を生かす心臓なら。」
「生命の核は。」
「全ての命へ魂を与える存在。」
ルクスが低く呟く。
「だから原初生命が減っている。」
「生命の核が弱っているから。」
「その通りです。」
リーヴァの声は静かだった。
しかし、その瞳には深い悲しみが宿っていた。
「そして。」
「生命の核が弱った理由こそ。」
「エインが犯した、たった一つの過ちなのです。」
世界樹の映像が再び動き出す。
若き日のエインが七色の原初生命を抱き上げ、どこか決意を秘めた表情で第零世界の外を見つめていた。
リーヴァはその背中を見つめながら、小さく呟く。
「私は。」
「あの日。」
「止めるべきだった。」
「彼を。」
映像の中で、エインが静かに第零世界を旅立とうとしていた。
その腕の中には、本来この世界から持ち出してはならない《生命の核》が抱かれていた。




