第零世界への扉
「お兄ちゃん!」
少女の叫びが都市へ響き渡る。
砕け散った黄金の仮面の下から現れた青年は、苦しそうに頭を押さえながら膝をついていた。
銀色の髪。
澄んだ蒼い瞳。
その顔は少女とよく似ている。
「リオン……。」
王アストラは震える声でその名を呼んだ。
青年の瞳がゆっくり揺れる。
「父……上。」
掠れた声だった。
何千年も忘れていた記憶が、一気に溢れ出している。
少女は涙を流しながら駆け寄る。
「お兄ちゃん!」
リオンは震える手を伸ばす。
その手が少女の頬へ触れた瞬間、青年の瞳から初めて涙が零れ落ちた。
「エリナ……。」
「生きて……。」
「いてくれたんだ。」
少女――エリナは何度も頷く。
「約束したもん。」
「また会おうって。」
「ずっと待ってた。」
リオンは静かに妹を抱き締めた。
「ごめん。」
「本当に。」
「遅くなった。」
その光景を見つめながら、シオンは剣を下ろす。
戦う相手ではなかった。
彼もまた、終焉へ利用された一人だった。
しかし、その再会を祝福する時間は与えられなかった。
ゴゴゴゴゴゴ――――!!
地下から轟音が響く。
創世核の欠片が激しく脈動し、黒い瘴気が都市全体を飲み込み始める。
ノアが地下から叫ぶ。
「限界です!」
「あと数分で完全に侵食されます!」
リオンはゆっくり立ち上がった。
崩れ始める街を見回し、静かに目を閉じる。
「父上。」
「創世核を止めます。」
王アストラは苦しそうに首を横へ振る。
「駄目だ。」
「お前は管理者の核と繋がっている。」
「創世核へ触れれば。」
「魂が消える。」
「構いません。」
リオンの返事は迷いがなかった。
「私は。」
「この街を消すために存在した。」
「でも。」
「最後くらい。」
「守るために終わりたい。」
エリナは兄の腕を掴む。
「嫌!」
「また一人になるのは嫌!」
「もう行かないで!」
リオンは優しく妹の頭を撫でる。
「泣き虫だな。」
「昔から。」
「お兄ちゃん……。」
「今度は約束を守る。」
「最後まで。」
「お前の笑顔を守る。」
そう言って歩き出そうとした、その肩をシオンが掴んだ。
「一人で行くな。」
リオンが振り返る。
「でも。」
「俺達は。」
「一人で背負う奴を何人も見てきた。」
「始祖も。」
「アビスも。」
「お前まで同じことするな。」
リオンは苦しそうに笑った。
「他に方法がない。」
「ある。」
シオンは左手を掲げる。
《創世の継承印》が黄金色に輝き始めた。
「始祖は。」
「世界を託した。」
「だったら。」
「創世核も俺達で救う。」
ルナリアが隣へ並ぶ。
「一人じゃない。」
レオニクスが剣を掲げる。
「全員で道を切り開く。」
アリアは短剣を構え、静かに笑った。
「最近そればっかりね。」
「でも嫌いじゃない。」
ヴォルグは豪快に拳を打ち鳴らす。
「まとめて助けりゃいい!」
「それが俺達だ!」
ノアとルクスも同時に魔法陣を展開する。
「創世術式を展開!」
「核との同期を開始!」
黄金と蒼白の光が創世核の欠片を包み込む。
シオンはゆっくりと核へ手を伸ばした。
黒い瘴気が腕へ絡み付く。
焼けるような痛みが全身を走る。
それでも手を止めない。
「届け……!」
《創世の継承印》が眩く輝く。
世界樹でエインから受け継いだ光が、黒く染まった創世核へ流れ込んでいく。
パキッ。
一本目の黒い亀裂が消える。
パキッ。
二本目。
三本目。
創世核は少しずつ黄金色を取り戻していった。
都市を覆っていた黒い霧も静かに晴れていく。
エリナは涙を流しながら兄の手を握った。
リオンも妹の手を握り返す。
兄妹の光。
仲間達の光。
創世神から受け継いだ光。
全てが一つになり、創世核を包み込む。
やがて。
ゴォォォォォン――――。
都市全体へ優しい鐘の音が響いた。
黒い鎖は役目を終えたように光へ変わり、水晶塔は再び青白い輝きを取り戻す。
崩れかけていた建物も静かに崩壊を止めた。
王アストラは穏やかに微笑む。
「……見事だ。」
「最後の観測者。」
「お前達なら。」
「世界を任せられる。」
その身体が光となって空へ昇っていく。
リオンもエリナを見つめながら笑った。
「ありがとう。」
「今度こそ。」
「さようならじゃない。」
「またいつか。」
エリナは涙を流しながら笑う。
「うん。」
「またね。」
兄妹の身体は無数の光へ変わり、創世核の中へ溶け込んでいった。
その瞬間。
都市の中央にあった水晶塔がゆっくりと左右へ割れる。
内部から現れたのは、漆黒の海へ続く一本の黄金の橋だった。
橋の先には巨大な白い扉が静かに浮かんでいる。
扉には古代文字で一つだけ名前が刻まれていた。
《第零世界》
ルクスは静かに息を吐く。
「……扉が開いた。」
ノアも頷く。
「創世核が認めたんです。」
シオンは黄金の橋を見つめる。
ついに辿り着いた。
世界の始まり。
そして、本当の終焉が待つ場所へ。
シオンは仲間達を振り返り、小さく笑った。
「行こう。」
「世界が始まった場所へ。」
七人は並んで黄金の橋を歩き始める。
その背中を見送りながら、終焉の海に沈んでいた都市は静かに光となり、長い眠りへついた。




