未来へ託す光
《創世の間》を包んでいた黄金の光が、ゆっくりと静まり始める。
世界樹の葉が風に乗って舞い上がり、一枚、また一枚と空へ溶けていく。
誰も口を開かなかった。
創世神エインの最後の願い。
その言葉が、まだ胸の奥で静かに響いていた。
『この世界を、愛するために生きてほしい。』
シオンは世界樹を見上げる。
「……約束する。」
短い一言だった。
だが、その声に迷いはなかった。
ルナリアも隣へ並び、世界樹へ向かって小さく頭を下げる。
「私も約束します。」
「この世界で笑う人達を。」
「最後まで守ります。」
レオニクスが剣を胸へ当てる。
「アストレア王家の名に誓い。」
「命ある限り、この世界と共に歩みます。」
アリアは照れたように鼻を鳴らした。
「柄じゃないけど。」
「私も最後まで付き合う。」
ヴォルグは豪快に笑う。
「難しいことは分からねぇ。」
「でも。」
「仲間が守る世界なら、俺も守る。」
ノアは胸へ手を当てる。
「管理者としてではなく。」
「一人の命として。」
ルクスも静かに目を閉じた。
「ようやく。」
「私も同じ答えへ辿り着けました。」
ステラはリシアと顔を見合わせ、小さく笑う。
「お姉ちゃん。」
「これからいっぱい旅しようね。」
「ええ。」
「まだ見ていない景色を全部見に行きましょう。」
その光景を見つめながら、エインは本当に嬉しそうに微笑んだ。
『……ありがとう。』
その声は、少しだけ震えていた。
アルバが静かに目を伏せる。
「始祖様。」
「もう限界です。」
世界樹の幹に無数の光の亀裂が走る。
エインの身体も、足元から少しずつ粒子へ変わり始めていた。
「始祖!」
シオンが思わず前へ出る。
『大丈夫。』
『これは終わりじゃない。』
『役目を終えるだけだ。』
エインはゆっくりとシオンへ歩み寄る。
光でできた右手を差し出した。
「……。」
シオンも静かに手を伸ばす。
本来なら触れられないはずだった。
しかし、その瞬間だけ。
二人の手は確かに重なった。
温かかった。
子どもの頃、初めて手を引いてもらった日のような、優しい温もりだった。
『君はもう。』
『私が守る子じゃない。』
『世界を導く者だ。』
「そんな大層なもんじゃない。」
シオンは少し困ったように笑う。
「俺は。」
「仲間と一緒に歩くだけだ。」
『それでいい。』
『それが一番難しい。』
エインはゆっくり頷いた。
『最後に一つだけ。』
『世界を救う旅で。』
『どうしても迷った時は。』
『正しい道を選ばなくていい。』
『君が笑える道を選べ。』
『その道なら。』
『きっと誰かも笑っている。』
シオンは静かに頷く。
「ああ。」
「忘れない。」
その返事を聞いたエインは、心から安心したように微笑んだ。
次の瞬間。
世界樹から無数の光が溢れ出す。
エインの身体は粒子となって空へ舞い上がり、一枚一枚の葉へ宿っていく。
ルナリアの瞳から涙が零れた。
「……エイン様。」
『泣かないで。』
空いっぱいへ響く声。
姿はもうない。
それでも確かに聞こえた。
『空を見上げれば。』
『私はいつでもそこにいる。』
『だから。』
『行っておいで。』
『最後の観測者。』
『私達が守り続けた未来へ。』
光が弾ける。
《創世の間》は静かな朝焼けのような黄金色に包まれた。
そして世界樹の中心から、一筋の光がシオンの胸へ吸い込まれる。
眩しい輝きが収まると、シオンの左手の甲には見たことのない紋章が刻まれていた。
円環の中心で、一粒の星が輝く紋章。
ノアが息を呑む。
「その紋章は……。」
アルバは静かに跪く。
「《創世の継承印》。」
「始祖エイン様が正式に後継者と認めた証です。」
シオンは左手を見つめ、小さく息を吐く。
「……重いな。」
ヴォルグが肩を叩く。
「一人で背負うな。」
「そういうのは始祖だけで十分だ。」
レオニクスも笑う。
「今は七人だ。」
アリアが腕を組む。
「忘れたら蹴るから。」
「怖ぇな。」
ヴォルグが苦笑すると、その場に小さな笑いが広がった。
その時、シオンの持つ地図がひとりでに開く。
《始まりの庭園》までの道筋が黄金色に輝き、新たに一本の航路が描かれていく。
航路の終着点には、これまで存在しなかった文字が浮かび上がった。
《終焉の海》
そして、そのさらに奥。
誰も踏み入れたことのない領域に、最後の目的地が記される。
《第零世界・始まりの庭園》
シオンは地図を静かに握り締めた。
「次の目的地は決まった。」
「行こう。」
「世界の始まりへ。」
七人は揃って歩き出す。
その背中を、世界樹の葉がいつまでも優しく見送っていた。
こうして創世神との別れは終わり、新たな旅が始まる。
世界の寿命が尽きるまで、残された時間は――一年。




