創世神の願い
《始まりの庭園》。
その名が告げられた瞬間、《創世の間》の空気が静かに震えた。
シオンは掌に乗った古い地図へ視線を落とす。
羊皮紙のような質感。
しかし触れた瞬間、紙とは思えないほど温かい。
まるで生きているようだった。
地図の中央には黄金色の文字が刻まれている。
《始まりの庭園》
その周囲には誰も読めない古代文字が円を描いていた。
「ここが。」
「世界の始まり。」
シオンが呟くと、エインは静かに頷いた。
『私が世界の種を見つけた場所。』
『全ての命が始まった場所だ。』
ノアが地図を覗き込む。
「ですが。」
「こんな場所は管理者の記録にもありません。」
『当然だ。』
『私が消した。』
エインは穏やかに笑う。
『世界を守るには。』
『誰にも知られてはいけない場所だった。』
ルクスは目を細める。
「では。」
「なぜ今、我々へ。」
エインは少しだけ世界樹を見上げた。
枝葉は先ほどよりもゆっくりと色を失い始めている。
『もう隠す必要がなくなったからだ。』
『世界は寿命を迎える。』
『隠し続けても。』
『誰も救われない。』
静かな言葉だった。
しかし、その一つひとつに覚悟が滲んでいた。
ヴォルグが腕を組む。
「その庭園へ行けば。」
「世界は助かるんだな。」
『助かる可能性が生まれる。』
「可能性?」
アリアが眉をひそめる。
『確実じゃない。』
『そこに眠る《原初の種》が。』
『君達を認めた時だけ。』
『創世の核は再生する。』
『拒まれれば。』
『そこで終わる。』
「また試練か。」
レオニクスが苦笑する。
『創世とは。』
『誰かから与えられるものじゃない。』
『命自身が選び取るものだから。』
シオンは地図を握り締める。
「その庭園。」
「どこにある。」
エインは地図の右下を指差した。
そこには小さな黒い印が一つだけ刻まれている。
『第零世界。』
『最深部。』
『《終わりの海》の先だ。』
「終わりの海?」
ルナリアが聞き返す。
『世界の境界を越えた者だけが辿り着く場所。』
『命も。』
『時間も。』
『常識も存在しない海だ。』
ステラが少し不安そうにリシアの手を握る。
「怖いところ?」
リシアは優しく頭を撫でた。
「きっと。」
「誰にとっても怖い場所よ。」
「でも。」
「一人じゃない。」
ステラは小さく笑った。
「うん。」
その様子を見つめながら、エインも微笑む。
『だから君達なら辿り着ける。』
『私にはできなかったことを。』
シオンはゆっくり顔を上げた。
「始祖。」
「一つ聞かせてくれ。」
『何だい?』
「もし。」
「俺達が失敗したら。」
「世界は終わるのか。」
《創世の間》が静まり返る。
エインは少しだけ考え、それから迷いなく答えた。
『終わる。』
誰も目を逸らさなかった。
その答えは残酷だった。
だが、嘘ではない。
だからこそ、全員が真っ直ぐ受け止めた。
『でも。』
エインは穏やかに続ける。
『私は。』
『一度も君達が負ける未来を見たことがない。』
シオンは少し笑う。
「そんなに信用してるのか。」
『信用じゃない。』
『知っている。』
『君達は何度終わりを突き付けられても。』
『必ず未来を選ぶ。』
『だから私は。』
『安心して世界を託せる。』
その言葉に、シオンは静かに頷いた。
「任せろ。」
「今度こそ。」
「世界を最後まで生かしてみせる。」
ルナリアも一歩前へ出る。
「私も。」
「もう誰も失わない。」
レオニクスが剣へ手を添える。
「王国の騎士としてではない。」
「一人の人間として戦おう。」
アリアは静かに笑う。
「最後まで付き合う。」
「今さら途中下車なんてできないし。」
ヴォルグは豪快に拳を鳴らす。
「終焉だろうが管理者だろうが。」
「全部まとめてぶっ飛ばす。」
「少しは考えてから戦って。」
アリアが呆れる。
「考えてる!」
「三秒くらい。」
「短すぎる。」
一同から小さな笑いが漏れる。
エインはその光景を見つめながら、ゆっくり目を閉じた。
『……本当に。』
『いい仲間に出会えたね。』
シオンは少し照れ臭そうに笑う。
「ああ。」
「俺の一番の誇りだ。」
その言葉を聞いた瞬間。
世界樹全体が眩い黄金色の光に包まれた。
葉が一斉に舞い上がる。
風もないのに。
まるで世界そのものが祝福しているかのようだった。
アルバは静かに膝をつく。
セレスも剣を胸へ当てる。
ノアとルクスは深く頭を下げた。
創世神エインは七人を見渡し、最後に優しく微笑む。
『では。』
『私から君達への最後の願いだ。』
『この世界を。』
『どうか好きになってほしい。』
『救うためじゃない。』
『守るためでもない。』
『愛するために生きてほしい。』
『それだけが。』
『創世神だった私の、たった一つの願いだ。』
その言葉は、誰の胸にも深く刻まれた。
そして世界樹の最上部から、一本の黄金の光が真っ直ぐ空へ昇っていく。
まるで、一つの時代が静かに幕を下ろすように。




