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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE

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29/50

「月光覚醒」

「あなたは世界を救うために生まれたの」


セレネの言葉が胸の奥に残っていた。


月風が吹く。


白い花畑が静かに揺れる。


巨大な月が夜空に浮かんでいる。


ルナリアは立ち尽くしていた。


言葉が出ない。


世界再生。


月の民。


継承者。


世界の終焉。


あまりにも大きな真実だった。


自分が今まで抱えてきた疑問。


追われ続けた理由。


教団が執拗に狙ってきた理由。


全てが繋がった。


だが――


理解したからといって受け入れられるわけではない。


ルナリアは俯いた。


「私……」


声が震える。


「本当にそんな存在なの?」


月花が揺れる。


セレネは静かに見つめていた。


責めることもない。


急かすこともない。


ただ優しく。


ずっと待っていた母のように。


ルナリアは拳を握る。


「私は特別なんかじゃない」


「ただ生きたかっただけ」


「普通に笑って」


「友達を作って」


「好きな人と話して」


「そんな普通の人生が欲しかっただけなのに……」


涙が零れる。


知らないうちに。


頬を伝っていた。


「どうして私なの……?」


苦しかった。


怖かった。


世界の運命なんて背負いたくない。


誰かの犠牲になるために生まれたくない。


そう思うのは当然だった。


セレネはゆっくりと近付く。


そして優しく抱き寄せた。


温かい。


懐かしい。


忘れていたぬくもりだった。


「そう思うのは当然よ」


優しい声。


ルナリアの身体が小さく震える。


「私も同じだった」


その言葉にルナリアは顔を上げた。


「え……?」


セレネは少しだけ苦笑する。


「最初の継承者だった私も怖かった」


風が吹く。


銀髪が揺れる。


「逃げたかった」


「泣いたこともある」


「何度も運命を恨んだ」


ルナリアは目を見開く。


神話の存在。


完璧な存在だと思っていた。


だが違った。


目の前にいるのは。


自分と同じ少女だった。


セレネは続ける。


「でもね」


優しく微笑む。


「強かったから戦ったんじゃない」


「守りたい人がいたから戦えたの」


その言葉に。


ルナリアの脳裏へ一人の少年が浮かぶ。


黒髪。


蒼い瞳。


不器用で。


口が悪くて。


でも誰より優しい少年。


シオン。


自然と笑みが零れた。


セレネは気付いていた。


「大切な人がいるのね」


ルナリアの顔が少し赤くなる。


「そ、そういうんじゃ……」


言いかけて。


やめた。


違わないかもしれない。


気付けば。


いつもシオンを見ていた。


彼が傷付けば苦しかった。


笑えば嬉しかった。


危険な場所へ行けば心配になった。


いつの間にか。


彼は特別になっていた。


セレネは微笑む。


「なら大丈夫」


「え?」


「あなたはもう答えを持っている」


ルナリアは首を傾げた。


セレネは静かに言う。


「守りたい人がいる」


「それだけで十分なの」


沈黙。


月光が優しく二人を照らしている。


その時だった。


周囲の空間が輝き始めた。


無数の光。


淡い銀色の粒子。


それらが少しずつ人の形を作り始める。


ルナリアは息を呑んだ。


そこに現れたのは。


歴代の月の継承者達だった。


少女。


女性。


年老いた巫女。


様々な姿。


だが全員が優しい瞳をしている。


誰もが月光を纏っていた。


「この人達は……」


セレネが頷く。


「あなたの先輩達」


静かな声。


継承者達は微笑んでいた。


恨みはない。


怒りもない。


悲しみを乗り越えた者だけが持つ穏やかな表情。


一人の少女が前へ出る。


まだ十四、五歳ほどだろう。


「大丈夫」


柔らかな声。


「私達も最初は怖かった」


別の女性が笑う。


「でもちゃんと歩けたよ」


また一人。


「だからあなたも歩ける」


ルナリアの目に涙が浮かぶ。


温かかった。


ずっと独りだと思っていた。


ずっと追われるだけの人生だった。


だが違った。


自分の前には多くの人達がいた。


同じ運命を背負い。


同じ苦しみを経験し。


それでも未来へ進んだ人達。


「私……」


胸が熱い。


涙が止まらない。


「頑張る」


小さな声だった。


だが確かな意思があった。


「世界を守りたい」


「みんなを守りたい」


「シオンを守りたい」


その瞬間だった。


月が輝く。


眩いほどに。


世界全体が白く染まる。


継承者達が微笑む。


セレネも優しく頷いた。


「なら受け取りなさい」


月風が吹き抜ける。


花畑が揺れる。


そして。


歴代継承者達の身体が光へ変わった。


無数の月光。


数え切れない願い。


祈り。


記憶。


想い。


それら全てがルナリアへ流れ込む。


「ぁ……!」


身体が熱い。


苦しい。


だが嫌ではない。


温かい。


誰かに抱き締められているような感覚。


無数の声が聞こえる。


『守って』


『生きて』


『託したよ』


『お願い』


その全てが。


今のルナリアを支えていた。


光が爆発する。


銀髪が舞う。


ペンダントが激しく共鳴する。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


心臓と重なる。


そして。


背中から純白の光が溢れた。


最初は小さかった。


だが次第に大きくなる。


羽。


翼。


月光そのものが形を持った神聖な翼。


ルナリアは目を見開く。


「これが……」


歴代継承者達の力。


月の継承者の証。


月光翼。


セレネが誇らしげに微笑んだ。


「綺麗でしょう?」


ルナリアは頷く。


言葉にならない。


その時だった。


ゴォォォォォォォォ――


世界が揺れた。


月光が乱れる。


花畑が崩れ始める。


ルナリアが顔を上げる。


空が赤く染まっていた。


巨大な瞳。


世界の外側。


星喰い。


セレネの表情が初めて変わる。


「気付かれた」


低い声。


緊張が走る。


ルナリアの胸がざわついた。


「星喰い……」


セレネは頷く。


「時間がない」


空間が崩壊していく。


月光の世界が砕け始めていた。


セレネはルナリアの肩を掴む。


「聞いて」


真剣な瞳。


「これから先、必ず選択の時が来る」


ルナリアは息を呑む。


「選択……?」


「世界か」


セレネは静かに言う。


「大切な人か」


胸が大きく脈打つ。


シオンの顔が浮かぶ。


アリア。


エリナ。


ガルド。


仲間達。


セレネは悲しそうに微笑んだ。


「でも忘れないで」


月光世界が崩れていく。


「あなたは独りじゃない」


最後に。


セレネはルナリアを抱き締めた。


母のように。


優しく。


温かく。


「生きなさい」


その瞬間。


遠くから声が聞こえた。


必死な声。


聞き慣れた声。


「ルナリア!!」


シオンだった。


ルナリアは目を見開く。


セレネが微笑む。


「行きなさい」


月光が砕ける。


花畑が消える。


巨大な月が遠ざかる。


ルナリアは最後に振り返った。


セレネは微笑んでいた。


その姿を胸に刻みながら。


ルナリアの意識は現実へと引き戻されていった。

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