「継承される記憶」
光だった。
どこまでも続く月光。
優しく。
暖かく。
だが同時に、胸が締め付けられるほど悲しい光。
ルナリアはその中を漂っていた。
身体の感覚はない。
重力もない。
ただ記憶だけが流れ込んでくる。
知らないはずの記憶。
だが確かに自分の中に存在していた記憶。
封印されていた過去。
月の民が受け継いできた歴史。
その全てが今、彼女の中へ流れ込んでいた。
⸻
最初に見えたのは空だった。
青く澄み渡る空。
今の世界より遥かに美しい空。
大地は緑に覆われている。
川が流れ。
都市が栄え。
人々が笑っている。
争いのない世界。
ルナリアは思わず呟いた。
「綺麗……」
その世界には星晶の光が満ちていた。
人々は恐れていない。
奪い合っていない。
共に生きていた。
今の世界とはまるで違う。
だが。
セレネの表情は暗かった。
「これは最初の文明」
静かな声。
「世界がまだ壊れていなかった時代」
ルナリアは息を呑む。
こんな時代が本当にあったのか。
そう思った瞬間だった。
空が裂けた。
⸻
バキィィィィン!!
世界そのものが割れる。
人々の悲鳴。
崩れる都市。
黒い亀裂。
そして。
巨大な赤い瞳。
星喰い。
ルナリアの身体が震えた。
見ているだけなのに恐怖が流れ込んでくる。
星喰いが現れた瞬間。
文明は終わった。
都市が消える。
大地が砕ける。
空が崩れる。
何億という命が失われていく。
絶望だった。
⸻
映像が変わる。
また新しい文明。
また発展した世界。
また人々の笑顔。
そして。
再び星喰い。
滅亡。
終焉。
崩壊。
映像は何度も繰り返される。
二度。
三度。
五度。
十度。
数え切れないほど。
文明は生まれ。
滅び。
また生まれる。
ルナリアは涙を浮かべていた。
あまりにも悲しい。
あまりにも残酷だった。
「どうして……」
声が震える。
「どうしてこんなことを繰り返すの……」
セレネは答えなかった。
代わりに次の光景を見せる。
⸻
そこには一人の少女がいた。
銀髪。
蒼い瞳。
月光の衣。
ルナリアによく似ている。
いや。
似ているのではない。
同じだった。
歴代の月の継承者。
彼女達は皆。
ルナリアと同じ顔をしていた。
同じ力を持っていた。
同じ使命を背負っていた。
そして。
同じ結末を迎えていた。
「まさか……」
ルナリアの声が震える。
セレネが静かに頷く。
「月の継承者は一人じゃない」
映像が流れる。
二代目。
三代目。
四代目。
五代目。
無数の月の継承者達。
誰もが世界を守ろうとしていた。
誰もが笑っていた。
誰もが泣いていた。
そして最後には。
必ず死んでいた。
世界を再生するために。
⸻
ルナリアは膝をついた。
「そんな……」
苦しい。
胸が痛い。
彼女達の感情が流れ込んでくる。
恐怖。
悲しみ。
絶望。
そして。
誰かを守りたいという願い。
その全てが。
今のルナリアと同じだった。
セレネが静かに近付く。
そして優しく言った。
「だからあなたは特別」
ルナリアが顔を上げる。
「私が……?」
「そう」
セレネは微笑む。
だがその瞳は真剣だった。
「今までの継承者は世界を守った」
風が吹く。
月花が揺れる。
「でも世界を変えることはできなかった」
ルナリアは息を呑む。
そして。
セレネは最後の真実を告げる。
「黒星王が現れたのは初めてだから」
沈黙。
心臓が大きく脈打つ。
ドクン――
シオン。
最後の観測者。
黒星王。
彼だけが歴史の中で異質な存在。
だから。
今までと違う。
⸻
セレネはルナリアの胸へ手を当てた。
月光が溢れる。
暖かい光。
優しい光。
「ルナリア」
その声は母のようだった。
「あなたは世界を終わらせるために生まれたんじゃない」
ルナリアの瞳に涙が浮かぶ。
「世界を救うために生まれたの」
光が強くなる。
ペンダントが共鳴する。
月光の翼が形を作り始める。
継承の時が来た。
失われた月の力。
歴代継承者の願い。
数え切れない命の想い。
その全てが。
今、ルナリア・セレスへ受け継がれようとしていた。




