管理者の罪
《創世の間》が激しく揺れる。
ゴゴゴゴゴゴゴ――――。
世界樹の根元から伸びた亀裂は床を走り、空間そのものを歪ませていた。
世界が悲鳴を上げている。
誰もがそれを感じていた。
「シオン!」
ルナリアが腕を掴む。
亀裂の向こうから覗く黄金の瞳は、微動だにせずシオンだけを見つめ続けていた。
感情は読み取れない。
怒りも。
憎しみも。
殺意さえ存在しない。
ただ「観測」している。
その視線だけで呼吸が苦しくなる。
「これが……。」
ヴォルグは額へ汗を浮かべる。
「本物か。」
レオニクスも剣を抜くことなく立ち尽くしていた。
剣を向ける相手ではない。
本能がそう告げている。
エインが一歩前へ出た。
『見るな。』
『目を合わせるな。』
シオンは視線を逸らさない。
「何で。」
『あいつは観測者だ。』
『互いを認識した瞬間。』
『存在同士が繋がる。』
その言葉が終わるより早く。
黄金の瞳がゆっくり細められた。
『……最後の観測者。』
声だった。
耳ではない。
頭の奥へ直接響く声。
低く。
感情のない声。
『ようやく。』
『見つけた。』
シオンの身体が一瞬だけ硬直する。
同時に胸の奥が焼けるように熱くなった。
「ぐっ……!」
片膝をつく。
「シオン!」
ルナリアが支える。
エインは右手を掲げ、光の壁を展開した。
世界樹の葉が一斉に舞い上がり、亀裂を包み込む。
『帰れ。』
始祖の声が響く。
『ここはお前が来る場所じゃない。』
闇の向こうで、小さな笑い声が漏れる。
『帰る?』
『違う。』
『私は待っているだけだ。』
『世界が終わる、その時を。』
亀裂がさらに広がる。
アルバが叫んだ。
「始祖様!」
「世界樹が限界です!」
エインは頷き、世界樹へ両手を添えた。
黄金の光が一気に広がる。
その輝きによって、ようやく亀裂はゆっくり閉じ始めた。
黄金の瞳も少しずつ闇へ沈んでいく。
消える直前。
最後に一言だけ残した。
『楽しみにしている。』
『最後の世界。』
静寂が戻る。
世界樹の輝きも落ち着きを取り戻し、《創世の間》には再び穏やかな風が流れ始めた。
しかし誰一人、安心した表情ではなかった。
ノアが静かに息を吐く。
「認識された……。」
「はい。」
アルバの声は重い。
「最悪の形で。」
シオンはゆっくり立ち上がる。
胸の痛みは消えていたが、鼓動だけは速いままだった。
「……あいつ。」
「名前はないのか。」
エインは少し考え、小さく首を横へ振る。
『本当の名は知らない。』
『だから私達は。』
『《管理者》と呼んだ。』
「管理者?」
アリアが眉をひそめる。
「それって私達が知ってる管理者と同じ?」
『違う。』
エインは静かに否定した。
『君達が戦ってきた管理者は。』
『世界を守る側だ。』
『だが本来の管理者とは。』
『世界の終わりを観測する存在。』
ルクスが目を閉じる。
「だから我々は。」
「管理者を裏切ったのか……。」
『そう。』
エインは頷く。
『私は管理者だった。』
『最初は。』
全員が息を呑む。
始祖エイン。
世界を創った男。
その正体が、管理者だった。
『私は世界が滅ぶ瞬間だけを観測する役目だった。』
『生まれる必要も。』
『命を育てる必要もない。』
『ただ。』
『終わりを記録するだけ。』
シオンは黙って話を聞いている。
エインは世界樹を見上げ、どこか懐かしそうに笑った。
『でも。』
『世界の種を見つけてしまった。』
『芽吹く命を見てしまった。』
『笑う子どもを見てしまった。』
『愛してしまった。』
『だから。』
『私は初めて命令へ逆らった。』
ルナリアが静かに呟く。
「それが……。」
「管理者の罪。」
『ああ。』
エインは穏やかに頷く。
『私は観測を放棄した。』
『世界を終わらせる側ではなく。』
『世界を生かす側を選んだ。』
アルバが目を伏せる。
「その日から。」
「全ての管理者は始祖様を裏切り者と呼ぶようになりました。」
ノアは苦笑する。
「でも。」
「その裏切りがあったから。」
「今の世界があります。」
『そう言ってもらえるなら。』
『あの選択は間違っていなかった。』
エインは静かに笑う。
その笑顔を見たシオンも、小さく笑みを浮かべた。
「やっぱり。」
「始祖は始祖だ。」
「世界を選ぶんじゃない。」
「命を選ぶ。」
エインは照れ臭そうに肩をすくめる。
『それしかできなかっただけさ。』
その時。
世界樹の幹が突然、黄金色へ強く輝き始める。
アルバが驚いて振り返る。
「始祖様!」
「最深部が反応しています!」
エインの表情が引き締まる。
『……来たか。』
世界樹の中心がゆっくりと開き、内部から巨大な黄金の球体が姿を現す。
その中心には、何かが眠っていた。
エインは静かにその球体を見つめる。
『君達へ託す最後の希望。』
『《創世の核》だ。』




