始祖との再会
静寂だった。
世界樹の葉が風に揺れる音だけが、《創世の間》に優しく響いている。
誰もすぐには言葉を発せなかった。
目の前にいる青年は間違いなく始祖エインだった。
だが、その身体は実体ではない。
世界樹から零れ落ちる光が一時的に形を成しているだけの存在だった。
それでも。
その笑顔も、その声も、その優しい眼差しも、皆が知る始祖そのものだった。
ルナリアの瞳から一筋の涙が零れる。
「……本当に。」
「エイン様なんですね。」
エインは照れ臭そうに笑った。
『そんなに泣かれると困るな。』
『久しぶりなんだから、もっと笑って迎えてほしい。』
「無理ですよ……。」
ルナリアは涙を拭いながら笑う。
「また会えるなんて思ってなかったんですから。」
『そうか。』
『なら来てよかった。』
その何気ない一言だけで、ルナリアは再び涙を浮かべた。
ヴォルグは鼻を鳴らしながら腕を組む。
「相変わらず人を泣かせるのが上手い奴だ。」
『泣かせてるつもりはないんだけどな。』
「自覚ねぇのか。」
「そこが始祖様らしいですね。」
アリアが小さく笑う。
レオニクスも静かに頭を下げた。
「あなたのおかげで、この世界は今も存在しています。」
エインは首を横へ振る。
『違う。』
『世界を残したのは君達だ。』
『私は途中までしか歩けなかった。』
『最後の一歩は。』
『シオンが歩いてくれた。』
シオンは黙ってエインを見つめていた。
言いたいことはいくらでもある。
聞きたいことも山ほどある。
それなのに、言葉が出てこない。
エインはそんなシオンを見て苦笑した。
『怒ってる?』
「……少し。」
『そうだろうね。』
「何で何も言わずに全部背負った。」
「何で一人で消えた。」
「何で最後まで俺達を頼らなかった。」
シオンの声は静かだった。
怒鳴るわけでもない。
責めるわけでもない。
だからこそ、その言葉は重かった。
エインは少しだけ目を伏せる。
『怖かったんだ。』
全員が息を呑む。
始祖エインの口から、そんな言葉が出るとは思ってもいなかった。
『もし誰かを巻き込めば。』
『きっと後悔する。』
『だから全部、一人で終わらせようと思った。』
『……でも。』
エインは自嘲するように笑う。
『結果は知っての通り。』
『一人じゃ何も終わらなかった。』
『結局。』
『最後は君達に助けられた。』
シオンはゆっくり歩き出す。
エインの目の前まで来ると、少し困ったように笑った。
「馬鹿だな。」
『うん。』
「本当に馬鹿だ。」
『否定できない。』
「一人で抱え込むのは。」
「始祖でも駄目なんだよ。」
エインは静かに頷いた。
『君のおかげで分かった。』
『だから今の世界がある。』
『ありがとう。』
シオンは小さくため息を吐いた。
「礼を言うのは俺の方だ。」
「俺を信じてくれて。」
「ありがとう。」
二人は自然と笑い合う。
言葉は少なかった。
それでも互いの想いは十分に伝わっていた。
その様子を見守っていたアルバが、静かに口を開く。
「始祖様。」
「そろそろ時間が。」
『ああ。』
エインは世界樹へ視線を向ける。
枝葉の輝きが少しずつ弱くなっていた。
『長くは話せない。』
『この姿も、もうすぐ消える。』
ステラが慌てて前へ出る。
「待って!」
「エイン様!」
「どうした?」
「ありがとう。」
少女は深く頭を下げる。
「私達を助けてくれて。」
「世界を守ってくれて。」
「ありがとう。」
エインは優しく微笑み、ステラの頭へ手を伸ばす。
その手は光だった。
触れることはできない。
それでもステラは温もりを感じていた。
『こちらこそ。』
『生まれてきてくれてありがとう。』
『君達一人ひとりが。』
『この世界の希望なんだ。』
その言葉に、ステラは涙を流しながら何度も頷いた。
やがてエインは全員を見渡す。
『これから話すことは。』
『君達だけが知る、世界最大の秘密だ。』
『歴史書にも。』
『管理者の記録にも残っていない。』
『私だけが知っている真実。』
世界樹の枝がゆっくりと揺れる。
すると一本の黄金の枝が伸び、空中へ巨大な光の円を描いた。
その中に映し出されたのは、星も空も存在しない漆黒の空間。
完全な「無」。
命も時間も概念もない、何も存在しない世界だった。
エインの表情が少しだけ変わる。
穏やかな笑顔が消え、創世神としての顔になる。
『これが。』
『世界が生まれる前。』
『第零世界。』
『そして。』
『私が最初に犯した罪だ。』
誰も言葉を発しなかった。
世界樹の光だけが静かに揺れ、第零世界の映像はゆっくりと動き始める。
創世神エインが、誰にも語らなかった「始まりの物語」が、ついに幕を開けようとしていた。




